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知らないお友達 柴崎友香

 昨年あたりから外国のミュージシャンの来日公演が増えた。今年は特に、私が二十代のころによく聴いていた人の公演が多く、幸いにいくつか行くことができた。

 二十代のときはまだ大阪に住んでいてライブ友達はだいたい関西在住なので、東京での公演には一人で行くことも多い。それに、音楽の好みは、すごく話の合うライブ友達でも、これは好きだけどこっちは全然、ということがよくある。私は熱心に聴いていたけど周りには好きな人がいない場合も多かった。

 それで先月も、とあるアメリカのバンドの武道館での公演に一人で出かけた。会場への道はバンドのTシャツを着た人で溢(あふ)れ、そうか、こんなに人気があったんだな、としみじみした。世界では何百万枚もアルバムが売れていたからそれはそうなのだが、たまたま身近にはファンがあまりいなかった。ちょっとさびしく思っていたのが、二十年以上経ってやっとお友達がたくさんいる感覚を味わえてうれしかった。

 隣の席も、私よりだいぶ若そうな人だったが一人で来ていた。思い入れのある曲が演奏されて、観客たちが合唱になった。帰宅してからSNSを見ると、同じライブに行った知らない人が、あの曲で泣いたと書いていて、そうやんな、と思った。

 春に行った別のミュージシャンの時は、ファンはさらに世代が上の人が多かった。久々に再会した友人同士っぽい会話が周りから聞こえてきて、こちらもなんとなく楽しい気持ちになった。

 ライブが終わって、小雨で肌寒い夜の道を駅まで歩いた。殺風景な埋め立て地の歩道橋を、同じ時間を過ごした人たちが黙って歩いていた。一人で歩く人が多かった。めっちゃよかったですよね、と話しかけたかった。SNSだと知らない人に「私も」と言いやすいのに、現実の空間では話しにくいのはなんでなんやろ、と以前から思っている。話しかけなかったしどこの誰かわからないけど、友達に会えたと思っている。=朝日新聞2025年10月29日掲載