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『地図から消えた「沖縄農場」』書評 入植から廃村へ民衆史の新風景

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年06月28日
地図から消えた「沖縄農場」--空港建設で潰された千葉県三里塚の開拓村 (論創ノンフィクション) 著者:新垣譲 出版社:論創社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784846024734
発売⽇: 2025/04/28
サイズ: 1.5×18.8cm/240p

『地図から消えた「沖縄農場」』 [著]新垣譲

 滑走路の下には農民の苦痛が埋まっている。成田国際空港は、その土地で生きてきた人々の生活を犠牲にして1978年、開港した。空港建設に反対する「三里塚闘争」の歴史もまた、社会に強烈な印象を与えている。
 その三里塚に、かつて、沖縄ルーツの人々が寄り添うように暮らしていた地域があった。
 その名も「沖縄農場」。
 三里塚で同農場が産声を上げたのは敗戦の翌年だ。〝鉄の暴風〟とも呼ばれる苛烈(かれつ)な沖縄戦で帰るべき故郷を失った国内外の沖縄出身者によって、開墾が始まった。
 それにしてもなぜ、三里塚だったのか?
 同地には皇室直轄の「下総御料牧場」があった。久米島出身でハワイ帰りの宗教家・与世盛智郎(よせもり・ちろう)などの働きかけで牧場は解放され、行き場を失(な)くした沖縄出身者らが入植、コミュニティーが形成されていくのだ。
 入植から廃村までの経緯を、沖縄ルーツだが東京出身の著者が丹念に追いかける。ひょんなことで「沖縄農場」の存在を知った著者は、取材早々、自身の父親が一時期「沖縄農場」で生活していたことを取材先で知らされ、驚愕(きょうがく)する。苦労して探し当てた農場関係者にたどり着いてみれば「巡り巡って自分のところに帰ってきてしまった」という冒頭のエピソードが実に興味深い。
 証言や記録を積み重ねながら「沖縄農場」の姿が浮かび上がる。痩せた土地と格闘し、失敗を重ね、借金だらけになりながらも、ようやく農家としての体裁が整った時に、突然降ってきたのが空港建設計画だった。国策が講じられる時、最も弱いところが狙い撃ちされる。沖縄出身の開拓農民も、その標的とされた。
 「沖縄農場」は揺れる。一気に廃村へと進むその過程は、いまなお沖縄に基地負担を強いる国家の姿をもあぶり出す。
 知られざる共同体の顚末(てんまつ)を紐解(ひもと)くことで、戦後民衆史に新たな風景を焼き付けた本書の功績に敬意を表したい。
    ◇
あらかき・ゆずる 1964年生まれ。雑誌編集者を経てフリーランスのライター。著書に『東京の沖縄人』など。