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群像新人文学賞・駒田隼也さん「小説を書くのは、すこやかに自分を立たせるため」 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#26

駒田隼也さん=撮影・武藤奈緒美

 この連載では「小説家になった人」に受賞作にまつわる資料やプロットノート、息抜きやおまもりなどを持ってきてもらう。駒田隼也さんがリュックから取り出したのは紙風船だった。
 こ、これは実存とか虚無とか何か哲学的なことを表しているんだろうか……? と身構えたのは、駒田さんの受賞作「鳥の夢の場合」が、もう死んでいる人から殺してくれと頼まれるという不思議な話だったからだ。
 けれど駒田さんはこう言った。
「室伏広治さんが提唱しているトレーニングに使うんです」
 意外な答えはインタビューを終えたとき、腑に落ちた。

小説の入口は、ゲームの掲示板

 駒田さんが小説を書き始めたのは中学生のとき。はじめて買ってもらったガラケーでオンラインゲームにハマり、仲間集めや攻略情報を共有する掲示板を見ていたら、下のほうに小説を投稿し合うスレッドがあることに気がついた。
「二次創作が主でしたが、ゲームとはなんの関係もない小説を書いてる人たちもいて。中に一人、すごく面白い小説を書く人がいて、自分も真似して投稿するようになったんです」
(ちなみにその人は突然投稿をやめ、大阪芸大に行ったらしいところまでは突き止めたが行方知らずとのこと。心当たりのあるかたはご一報ください)

「書くようになってからは読むほうにも意識が向いて、まず好きだったアニメ『化物語』の原作者ということで西尾維新さんの作品を読み始め、そこから同じメフィスト賞の舞城王太郎さん、佐藤友哉さんなどを読むようになりました。進路を決めるときに、文章を書く以外にしたいことがとくになかったので、大学も小説を学ぶために〈文芸表現〉という学科を選びました」

 大学ではどんな学びがありましたか。

「『百讀』という先生が選んだ100冊の中から1冊読んで800字程度のレポートを出す必修科目があるんですが、これが本当に難しいんですよ。年間70冊くらいのノルマを達成すれば単位がもらえるんですが、ほとんどの人はクリアできない。1年で取れなかったら2年、3年とちょっとずつ緩くなっていくのですが、僕も1年目は落としました。でもそのおかげで読むものの幅は確実に広がりました」

自宅の本棚。選評でも指摘された通り、山下澄人さんの小説には強く影響を受けている。異彩を放つのは室伏広治さんの『ゾーンの入り方』。「息抜きや集中のために室伏さん考案のトレーニングをやっています。紙風船をつぶさないように両手ではさんだり、足で踏んだり。体力づくりにも関心があります」=写真:本人提供

働きながら書くために

 大学卒業後は書店でアルバイトしながら賞に応募するようになった。けれど最初の5年は箸にも棒にも掛からなかったという。当時は仕事に追われ、書く時間をあらためて取るのが心理的にも肉体的にも難しかった。書こうと思って予定を入れなかった休みの日も、結局何もせずに終わってしまう。仕事をしながらどうやって小説を書くか――ヒントになったのは『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』(千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太共著/星海社)だ。

「ポイントは、書くことを意識しないこと。仕事の休憩時間のうちの20分とか、ご飯が炊けるまでとか、カラオケの予約を入れてその時間までとか、区切りがあるから集中できる。そのこまぎれの時間にスマホで思いついたことを何でも箇条書きしていくんです。書いている作品にまったく関係ないことでもいい。〈何も思いつかん〉とメモしたこともあります。それを休みの日にカフェに行ってパソコンで整理します。コピペはせずに打ち直すのがコツです」

 すると、ことばと新人賞、新潮新人賞の3次選考に残るなど、よい結果が出るようになった。書き方の変化によって作品の何が良くなったのだろうか。

「箇条書きだと、ぶつ切れでもいいんだっていう意識が働きます。ふつうに文章で書くとその前後もきっちりとまとめなければって、描写がへんに細かくなったり冗長になってしまう。別の小説のために書いておいた文章をくっつけたり、大胆な改稿もできるようになりました」

 同時に、新しいことを二つ始めた。読書会と日記だ。

「読書会は、大学の友だちと二人で月1回、1冊課題図書を決めて期日までに読んできて話し合うんです。上・中・下の分厚い本とか、自分一人では読める気がしないけれど、人と約束したら読むじゃないですか。それでずいぶん読書量が回復しました。日記は〈Notion〉というメモアプリに書いて、リンクを知っている人しか読めない設定にしています。そのリンクもフォロワーの全然いないxのアカウントでこっそり呟くのみ」

 なぜそんな読まれたいんだか読まれたくないんだか微妙な公開設定を?

「最低限の身だしなみを保った文章にするためにこうしています。べつに読まれなくてもいいのですが、そうするとどんどん自閉的になってしまう気がして。一人だけ、何か月かに一回感想を送ってくれる人がいるんですが、それが続けるのにちょうどいい塩梅。これで反響がゼロだったら途中でやめていた気がします」

執筆環境。パソコンの横にあるのは耳栓とイヤフォン。「この耳栓は音を完全に遮断するものではなく、低減するもの。スピーカーで音楽をかけながらこの耳栓をつけることも。静けさがほしいというより、耳の穴を塞いで閉じこもりたいのかもしれないです」=写真:本人提供

殺意、動機、罪悪感なしで「殺人」を

 書き方を変えて3年目、群像新人文学賞を受賞した。
 受賞作「鳥の夢の場合」の構想はどこから?

「人を殺した後の人間の状態を書きたいと思ったのが最初です。人を殺すって不可逆だし、絶対に〈以前〉と〈以後〉になるだろうし。ただ、殺した後を書くために、殺意や殺人の動機や罪の意識は排除したかった。だから、殺す対象がもう死んでいて当人から殺してくれと頼まれるっていうストーリーに落ち着いたんです」

 4月から10月の7か月で書き上げた。集めた箇条書きの素材には、日記も含まれているそう。書いてみて人を殺した後の状態がどういうものか、わかりましたか。

「あの作品を読者として読んだひとつの見解ですけど、人のために何かする行為って結局自分の判断でしかない。本当にその人のためになるのかは最後までわからず、それなのにその行為が殺人のような不可逆の事態を招く。それが日常でもわりと普通に行われていることに気づきました」

 受賞の知らせを聞いたときは。

「そうくるか、って思いました。正直、新潮新人賞に応募した作品のほうが自分としては愛着があったし、『鳥の夢~』は選評でも指摘された説明的なところなど不安要素もあったんです。最終選考に残ったという知らせを聞いてから選考会の日まで、けっこう時間があったので、落ちたパターンと受賞したパターンのどちらもイメージしていました。落ちた後に自分がどう落ち込んで、どうまた次のを書きだすかとか、それこそ受賞した場合はこういう取材を受けたらどう答えようかとか。そのたくさん想像したシチュエーションの『これになったか』という感慨がありました。一番いいパターンが来ました」

 振り返ってみてなぜこの作品で受賞できたと思いますか。

「書いたものを人に見せると、これまでは『言おうとしてることはわかるけど……』『お前が熱いのはわかった』っていう反応だったんですね。たぶん畳み方がうまくなかったり、逆に畳もうという意識が強すぎてきれいにまとめすぎちゃったり。でもこの作品は、はじめて『終わった』と自分が思ったタイミングで終われたんです」

 町田康さんが選評でほめていましたよね。「結末に至るまでは、美事と言うより他なく」って。

「書いている間は気づかなかったのですが、『鳥の夢~』は読み返すとこことここが対応している、このシーンはこのシーンと繋がっている、と思うことがいっぱいありました」 

最終選考に残ったことを勤める書店の人たちに話すと、まだ途中経過の発表号にも関わらず「群像」をいつもより多めに注文してくれたそう。=撮影・武藤奈緒美

書店員・駒田の甘い見通し

 駒田さんはずっと書店で働いてきて、本が売れない状況を肌身に感じていると思いますが、それでも小説を書き、本を出したいと思うのはなぜですか。

「3年前に仕入れて全然売れなかった本が、ある日ひょいっと誰かに買われることがあるんです。買う人は必ずいるんです。僕も本を買う人です。じゃあどういう人が本を買うかというと、それは生活の中でなにかを制作している人だと思うんです。文章なり、絵なり、料理なり、仕事の仕組みなり。クリエイターと呼ばれる人たちじゃなくても、みんな生活の中で何かしらを制作してる。そこをちょっとでも刺激したら、みんな本を読みだすんじゃないかっていう甘い見通しがあります」

 本を信じているんですね。

「今回受賞して実際に読まれてわかったことは、読み手によって自分の書いたことが伸びていくということ。思ってもみなかったいい捉え方をたくさんの人がしてくれて、読まれるたびに書いたものが伸びていく。すごいって思いました。本って在るだけで〈話の場〉になる。読んだ人同士はもちろん、読んだ人と読んでない人とでも対話が生まれる。たとえば『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』っていう本がありますけど、それなんかタイトルだけで話のタネになるじゃないですか。自分の書いたものがそういう場になれたら嬉しいです」 

撮影・武藤奈緒美

小説から授かったもの

 駒田さんにとって「小説家になる」とは。

「適性があるかどうかはわからないけど、僕は書いているときがいちばん自然なんです。その自然な状態で世の中に参画していたい。僕にとって小説家とは、書くっていう営みが一時的に社会と対応している状態。書くっていうだけでもだめで〈社会の中で書く〉ということが大事な気がします」

 では今後も書店員の仕事は続けながら?

「書く割合が増えていけばいいとは思いますが……。書くことと社会生活は呼応していて、書くのがしんどいときは運動不足だったり、仕事のストレスが溜まっていたり、社会生活がうまくいっていないサインだと思っています。逆に、書くことがうまくいっていれば社会生活も調子がとれる」

 おもしろいですね。それって「健康のために小説家になりたい」とも言える……?

「そうですね。もっと言うと、自分を立たせるために小説家になりたい。僕が好きな本も誰かのためというよりは自立、あるいは自律のために書かれている気がします。それを読んだ僕が結果的に自立を授かる。自分の作品を読まれたいという意識はないんですが、この〈自立を授かる環境〉の一部になりたいとは思っています」

 受賞の言葉にもありましたね。「自分の書いたものが、だれかひとりの破綻を阻む、この世の一部になってくれればよい」と。駒田さんにとって、小説とはそういうものだったのですね。

「はい。本を読む時間はひとりになれる時間なんですけど、そのひとりは自力で作られたものじゃない。そこに書き手の気配がある。ひとりになりたいけど、同時にひとりはさみしくて嫌なんですよ。本は〈さみしくないひとりの時間〉を作ってくれるものだと思います」

 健やかに生きるために本を読み、小説を書く。本を読み、小説を書くために健やかに生きる。あの紙風船に包まれていたのは、その美しい循環だったのだ。

【次回予告】次回は「アザミ」で第68回群像新人文学賞を駒田隼也さんと同時受賞した綾木朱美さんが登場予定。