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夢のパフェ 千早茜

 私と同じくチョコレート好きの姪(めい)の将来の夢は「お菓子屋さん」らしい。かすかに恥ずかしそうにそう打ち明けられた時、身に覚えのある感情がよみがえった。

 私も菓子職人になりたいと思っていた時期があった。その期間はけっこう長く、週末になると菓子作りをしていた十代から二十代半ばまで続いた。大学を卒業し就職をしても、週末になれば洋菓子を焼いてしまう。誰かに食べてもらいたくて、京都の手作り市に出店したりしていた。結果、会社を辞めてカフェやパティスリーで働きだすことになる。

 ただ、菓子職人になるという夢は叶(かな)わなかった。もうひとつの夢であった小説家にはなれた。私はたったひとつしか「将来の夢」を持たない一途な人間ではなかった。今でも、ふと昔働いていた美術館や病院に戻りたくなる時があるし、菓子情報は常に追いかけているし、取得してみたい資格もある。もしかしたら、一途ではない故に物語、つまりは自分以外の人生を描けるのかもしれない。

 五月末に『なみまの わるい食べもの』という食エッセイ集の第四弾をだした。刊行を記念して期間限定でパフェを監修してみませんかと、「CAFE CUPOLA mejiro」に提案された。恐縮しつつも熱意に押されて、食べてみたいジェラートやパフェに使いたい食材をリクエストし、試食を重ねて「波に揺れるすいかパフェ」が完成した。「CAFE CUPOLA mejiro」は私がイメージした通りのパーツを作り、洗練された美しい曲のようにグラスの中で組みたててくれた。

 メニューに書かれた自分の名前を眺めながらパフェを食べ、こんなかたちで夢が叶うことがあるのだなと思った。私は菓子を作る人間にはなれなかったが、別の仕事をしながら自分の名を冠した菓子を生みだすことができた。関わってくれた人たちには感謝してもしきれない。夢を抱くほどの好きは、長い人生の中で別の彩りを生むことがあるのだと、いつか姪にも伝えたい。=朝日新聞2025年7月2日掲載