織守きょうやさん「あーあ。織守きょうや自業自得短編集」インタビュー 他人事ではない怖さに包まれる
――11月に発売された『あーあ。織守きょうや自業自得短編集』は織守さん初のホラー&ミステリー短編集ですが、“自業自得”というユニークなテーマはどのように生まれたのですか。
当初から自業自得というテーマがあったわけではなく、4話目に収録されている「目撃者」を書いたあたりで思いついたものです。不倫している主人公が妻殺しの容疑をかけられるというミステリーなんですが、考えてみるとこれ以外にも、自業自得な人たちを登場させてきたなと。それらを1冊にまとめて、さらに自業自得テーマの短編を追加すれば、まとまりのある本になるのではと考えたんです。
――もともと自業自得というテーマに関心が?
というわけでもなくて。短編は長編に比べて、ひどい結末の話が書きやすいという事情があります。長編でバッドエンドだと読む方も書く方も気合いがいりますが、短編だとむしろ重くなりすぎず、後味の悪さを楽しんでもらえます。だから主人公をひどい目に遭わせようというときは短編にするんですが、共感しながら読んでいた主人公がひどい目に遭うと読者も辛くなるので、そうならない、むしろ読んでいてニヤニヤできるような物語にしたいとも思って。そのために自業自得的なシチュエーションはちょうどいいんですね。
――アリバイ工作をして恐喝者を殺した男、他人のアイデアを盗用した小説家、入ってはいけない廃墟に立ち入った配信者……。ちょっとした出来心から悪事に手を染める人々の心理描写に、言いようのないリアリティがありますね。
デビュー当初は『記憶屋』などのイメージから“いい人を書く作家”と思われることが多かったので、悪人にリアリティがあると言ってもらえるのは嬉しいです。当たり前ですが、人間にはいい面もあれば悪い面もあります。出来心で罪を犯すことも、他人にひどいことをすることもありますよね。もしかすると前職(弁護士)で得たさまざまな経験が、そういう人間観に繋がっているのかもしれません。
――6編について順にうかがいます。巻頭の「幽霊刑」は、見て見ぬ振りをして犯罪現場を通り過ぎた主人公が、刑罰に処されるという物語。
これはデビューして間もない時期の短編です。いろんな作品が書けるよとアピールする意図もあって、初めてSF的な作品に挑戦しました。ドラマの『世にも奇妙な物語』にありそうな、「もし世の中がこう変わったら」というアイデアの作品ですね。この主人公は自業自得といっても、比較的同情の余地があります。いざ犯罪現場に立ち会ったら、関わり合いになるのを恐れて立ち去ってしまう人も多いと思うんです。
――新たに採用された幽霊刑と呼ばれる刑罰によって、主人公の姿は誰の目にも見えなくなります。やがて孤独に苦しめられた主人公は……。ビターな幕切れがたまらないですね。
私もインドアなタイプなので1、2か月なら一人でも平気だと思います。でもそれが長期間続くとなると誰かと話したい、自分の存在を見つけてほしいという気持ちになってしまうはず。その中で救いの手が差し伸べられたら、誰だって飛びついてしまいますよね。その孤独から抜け出したいという感情が、物語の肝になっています。面白いといったらやや語弊がありますが、「幽霊刑」というタイトルにふさわしい斬新な罰を考えることができたんじゃないでしょうか。
――「夜明けが遠すぎる」は2020年に刊行された『ステイホームの密室殺人 1 コロナ時代のミステリー小説アンソロジー』に発表された作品です。
『ステイホームの密室殺人』はコロナ禍を受けて企画されたアンソロジーで、できるだけ早く刊行したいということだったので、2日くらいで書き上げた覚えがあります。「まだ密室殺人は起きていないけど、これから殺人事件が起こるかもしれない密室に閉じ込められた主人公」というラストシーンをまず決めて、そこから事件やキャラクター設定を逆算し、書きながら細部を詰めていきました。
――振り込め詐欺に関わったせいで、恐喝されることになった主人公。恐喝者を殺そうという友人の提案を受け入れたことで、さらに困難な事態に巻き込まれていきます。
昔のサスペンスやホラーを読んでいると、「こうすれば助かるのに」と感じることがよくありますよね。誰かに相談したらすぐ解決したじゃん!みたいな。そういう展開は避けたかったので、キャラクター設定や心理状況も含めて、できるだけ納得感のある筋立てを考えていきました。この主人公ならこうせざるを得ないよね、という部分の緻密さが、怖さや緊張感を生むとも思うので。
――「こうなったら嫌だな」という方向にどんどん進んでいく展開がたまりません。次の「壁の中」もそうですよね。他人のアイデアを盗用してデビューした新人作家のもとに、自作のヒロインと同じ名前の女性が現れる。しかも彼女は目を離した隙に死体になっていて……。
この手の作品を書くときは、自分がどういう目に遭ったら怖いかを想像します。怖がりなので、嫌なことを想像するのは得意なんですよ。「壁の中」の場合、主人公が女性を殺害するよりも、気づいたら死んでいたという方が嫌ですよね。通報しても殺人を疑われるだろうし、盗作問題も明るみに出るかもしれない。八方塞がりでもうどうすることもできないという絶望は、書いていてちょっと気持ちがいいですね(笑)。
――「壁の中」はホラー系の書き下ろしアンソロジー『異形コレクション 秘密』に掲載された作品です。それもあって怪奇幻想性が色濃いですね。
初めて『異形コレクション』に参加した作品で、秘密というテーマから盗作がばれそうになるという物語が浮かびました。殺した女性を壁に埋めるのは、もちろんポーの「黒猫」がヒントです。超常現象を扱ったホラーなのか、人間の怖さを扱ったミステリーなのか。どちらとも読める幕切れを意識しています。
――4話目の「目撃者」は一転、本格ミステリーに寄った作品。不倫をしている男性が帰宅すると、妻が血まみれで倒れていて、男性は警察の厳しい取り調べを受けることに。意外な幕切れとともに、人間のダークな面が露わになるという、ある意味織守さんらしい作品です。
確かにそういう話が多いですが、人間のダークサイドに強い関心があるというわけではないんですよ。ミステリーを書いていて常に意識しているのはツイスト(ひねり)です。そして鮮やかなツイストを生み出すためには、「まさかあの人が」というキャラクターの意外な一面を書くのが効果的。「目撃者」はメインのアイデアが以前からあって、そこに肉付けしていく過程で、自業自得というテーマが際立った作品になりました。
――「廃墟で○○してみた」は山奥の廃墟に足を踏み入れた配信者が、怖ろしい目に遭うという作品。ホラーらしい舞台での事件にわくわくさせられます。
書いた順番ではこれが最後で、自業自得というテーマにふさわしい短編にしようと思いました。現代社会で自業自得とみなされがちな主人公の属性を考えて、入ってはいけない場所に立ち入る動画配信者がいいだろうと。いかにもな舞台が書けて、わたしも楽しかったです。当初はホラーのつもりで書いていたのですが、急遽『Jミステリー2025 SPRING』というアンソロジーに載せてもらえることになって、ミステリーとしても楽しめるように後から伏線を増やしました。
――そういう話だったのか、と頭を殴られるような衝撃がありますよ。ラストの意外性はやはり重視されているのでしょうか。
意外性は大事だと思うんですが、読んでいてこうかなと予想がつくこともありますよね。これは作品との相性のようなもので、わたしも本を読んでいて、先が読めてしまうことがあります。じゃあその作品がミステリーとして劣っているのかといえば、そんなことは絶対にない。たとえ予想通りの展開であったとしても、そこにいたるまでの心理描写が丁寧だったり、伏線が鮮やかだったりという美点があれば、十分優れたミステリーになりうると思います。大事にしているのは意外な結末より、むしろ小説としての面白さですね。
――最終話「五人目の呪術師」はアフリカのモザンビーク共和国が舞台。呪術師の老人を車ではねた日本人が、呪いにかけられるというホラーです。
「壁の中」や「廃墟で○○してみた」がホラーとミステリーの間で揺れているような作品だったので、最終話は思いっきり超常現象の出てくるホラーを書こうと思いました。しかも他の5編に比べて、自業自得の度合いが強いものをと。幕切れの絶望感も一番だと思いますし、短編集の締めくくりにはふさわしいと思います。
――アフリカの呪術を描いたのはどうしてですか。
当初はもっと別の舞台を考えていたんです。マフィアのボスにつけ狙われて、窮地を脱するために人探しをするというような。ところが海外ミステリーに似た話があることを思い出して、まったく別の舞台に置き換えることにしました。呪いという要素もその際につけ加えられたものですね。スティーヴン・キングのホラーのような感じもあって、結果的には正解だったんじゃないでしょうか。それこそ『世にも奇妙な物語』で映像化してほしいですよね。
――織守さんはミステリー作家として活躍するかたわら、『響野怪談』や『彼女はそこにいる』のようなホラーもお書きになっています。ホラーもかなりお好きなのでは?
大好きですよ。妖怪とか魔女とか、子供の頃から不思議なものに興味があったので、ホラー好きになる素養は備わっていたんだと思います。ただ怖がりなので、そこまで積極的に観たり、読んだりはしませんでしたね。ホラーというジャンルの面白さにあらためて気づいたのは、小説を書くようになってからです。怖いということは、それだけ感情を揺さぶる物語であるということ。その力強さはホラーの魅力だと思います。
――生きた人間の怖さと、超自然的な存在の怖さ。『あーあ。』でも両方をお書きになっていますが、お好きなのはどっちですか。
好きなのは圧倒的に超自然です。映画でも小説でも、不思議な現象を扱った作品が好きですし、怖いと思うのもそっちですね。生きた人間は、所詮殴れば倒せるじゃないですか。でも幽霊や呪いはどうやって対処していいのか分からない(笑)。論理から外れたものは怖いです。依頼が多いので、どうしても仕事の中心はミステリーになりますが、『響野怪談』のように不条理で投げっぱなしのホラーもまた書いてみたいですね。
――ぜひお願いします。『あーあ。』を読んであらためて、織守さんが怖い話の名手であることを再認識しましたから。
すでに発表した短編の中に心霊系のホラーがいくつかあるので、そのうち『あーあ。』のような統一コンセプトのある短編集を編めるかもしれません。独立短編集は売れないと言われる時代ですが、コンセプトがあれば手に取ってもらえるとも思うので。今後の目標はホラー作家、ミステリー作家として世間に認知されることですね。わたしの読者は物語性やキャラクターの関係性に注目してくださる方が多くて、それはとても嬉しいんですけど、その一方で、各ジャンルのコアな読者から、ジャンル作家としてはあまり認識されていない気がするんです。好きだと言ってくださる読者に喜んでいただけるものを書きながら、ジャンル作家としても評価が得られるように、がんばっていきたいと思っています。