再評価され「書いておいてよかった」
2015年に発売された『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(以下、『赤と青のガウン』)が、SNSをきっかけに再注目されたことは記憶に新しい。彬子さまにとっても驚きであり、うれしかったと語る。
「率直な感想として、書いておいてよかったと思いました。私は日本美術に関する研究をしていますが、ジョー・プライスさんが伊藤若冲を見出したり、海外のコレクターが村上隆さんの作品に注目したりしたように、海外の方が着目したことによって日本でも注目を集めるようなケースがよくあります。美術史を勉強してきて、たとえ忘れ去られていたとしても、誰かが気づくことで再評価される、ということを見てきただけに、時間軸はもちろん違いますが、まさか自分がそれを追体験できると思っていなかったので、すごくうれしかったです」
彬子さまが英国留学記を書くことになったのは、博士課程で学ぶために留学期間を延長するにあたって、父である寬仁さまから出された条件の一つが「留学記を出すこと」だったからだ。書かなければという焦燥感にかられ、留学中に日記のようなものを書き始めたが、ほぼ三日坊主。ようやく本腰を入れて書き始めたのは、博士論文をほぼ書き終えて一段落した頃からだという。帰国後、月刊誌「Voice」で留学記の連載が始まった。
「書き始めて割とすぐのタイミングで父がお隠れになりました。すでに次回分の原稿はお出ししていたのですが、何事もなかったかのようにその文章を載せる気持ちになれず、ご無理を言って追悼の文章を書かせていただきました(『赤と青のガウン』に収録された「特別寄稿 父・寬仁親王」)。ギリギリのタイミングでお送りした後、心配になってお電話をしました。担当編集者の方が電話口で『私にも娘がおりまして……』と感極まられ、父を思う娘の気持ちが伝わる文章が書けたんだな、とありがたく思いました」
「そのまま書いたらいい」すごく楽に
その後、執筆の依頼が増えていった彬子さま。雑誌「和樂」の担当編集者に、「彬子さまの文章は、研究者らしく書こうとしなくても、研究者らしくなる。読者の方は、彬子さまの文章を通して、彬子さまの体験したことを追体験したいので、思ったことを思った通りに書いてくれれば、それでいいです」と言われたことも、文章を書く上でのターニングポイントになった。
「それまでは、学術的な要素を入れて研究者らしい文章を書かなくてはいけない、研究者だからいろんなことを知っていなければいけないと、すごく気負っていました。でも、初めて知ったということをそのまま書いたらいい、と言っていただいたことで、そこからとても楽に文章が書けるようになりました」
イギリスという日本から遠く離れた場所で、日本美術が専門ではない教授陣から指導を受けたこともプラスに働いたという。
「私の指導教授は中国美術や考古学が専門でしたので、日本のことに詳しいわけではありません。織田信長や豊臣秀吉が……、などと書いたら『Who are they?』などと言われます。だから、『戦国時代の有力武将であった〜』などと枕詞をつける必要がありました。専門家以外の人でも内容をしっかり理解して面白いと思ってもらえないと、説得力ある論文と言えないよ、と指摘されたのです。私は、専門的な知識を持たない方たちにきちんと理解してわかってもらえる文章を書いたり、話をしたりする修行を、博士論文の時にしていたのだと感じています」
公務や日々のさまざまなことに追われ、書く時間を確保するためのやりくりに苦労するものの、書くこと自体に困ることはないという。
「テーマをどうしよう? ということは結構考えます。移動中に側衛さん(皇宮警察の護衛官)に、『次は6月号なんやけど、何がいいと思う?』と話しかけ、あれがいいんじゃないか、この話をしたら? のように決めることもあります。それが決まれば、そのあとはそんなに難しくはありません」
導かれるままに歩く「文章自体が寄り道」
彬子さまが書くエッセイは、何気ない日常の様子や気付きにあふれている。また、本人が「自他共に認める事件体質」と自負するように、思いがけない出来事がいろいろと起こり、それがまたエッセイのネタとなる。そして、文章を書く時は構成や流れを全く考えずに書き始めるという。
「私は導かれるままにふわりふわりと歩いているような“寄り道体質”で、文章自体が寄り道。だから、最終的に書こうと思っていたことを書けずに終わってしまった、違う目的地に着いてしまった、こんな話にする予定じゃなかったのにな、ということはよくあります」
散歩や寄り道好きであるということは、本書に収録されたエッセイからもよくわかる。散歩の途中でたまたま見つけた和菓子屋に足繁く通い、京都の住まいの近くにある和菓子屋にもよく足を運んでいるという記述がある。
「京都では、日本の伝統や文化が日常の中にあることを肌で感じます。コロナ禍の時に和菓子屋さんをたくさん見つけたので、その話を東京の友人にしたら、『うらやましいです。東京ではなかなか生菓子を売っているところがなかったから』と言われました。コロナでお茶のお稽古がなくなってしまったかららしいのですが、それはたぶん京都でも同じだったと思います。でも、京都では日常的に生菓子を買って食べる人たちがいらっしゃって、それが根付いている。京都ではお茶のお稽古とは関係なしに和菓子屋さんは生菓子を作り続けていたのだと実感しました」
ある時、彬子さまがある和菓子屋で並んでいた時に、その目の前で「お菓子を食べたい!」と駄々をこねる子どもとその母に遭遇した。
「『お店混んでるからやめとこか? スイミング遅れるし』とお母さんが言ったら、その子が『いややー、食べるー!』って押し問答していて、結局並んでいたんです。スイミングに遅れてでも、ここの和菓子を食べたかったんでしょうね。子どもの頃から生活の中に和菓子があるのなら、この子が大きくなっても絶対に和菓子を買うはず。こういう光景を日常的に見られるのも、なんだかうれしいと思いました」
ちょっとズレているところが「自分と合う」
本書は漫画家のほしよりこさんとの共著で、表紙と本文にほしさんの愛らしく温もりのある挿絵が散りばめられている。巻末にはほしさん描き下ろしの「絵日記 キャンパスのプリンセスを訪ねて」と、二人の対談も収録されている。
ほしさんのロングセラー『きょうの猫村さん』は、かねてから彬子さまも愛読し、共通の知人を通してつながりがあったこともあり、出版社から挿絵について相談された時に、彬子さまは「ほしよりこさん!」と即答した。
「ほしさんの作品はちょっとズレているところがあって、こう来るんだろうなと思わせておいて、違う角度から攻めてこられるところが自分と似ているんじゃないかと思いました。実際にお会いしてみて、考え方や何を大事に思うか、といった芯になる部分がやはり似ているなと。絵日記もあとで拝見して、そこの部分を描かれるのか、こういうところが面白いと思っていらっしゃったんだな、というように、ほしさんの視点が面白いなと感じました」
彬子さまは、挿絵の人選だけでなく、本書の本文用紙も自身で選んだ。ブックデザイナーの名久井直子さんから提案されたのは3種類で、選んだものが「OKプリンセスN」という用紙だった。
「造本やデザインなどは基本的にはお任せするのですが、触感を大事にしたいので、ページのめくりやすさや、めくっている指の腹が触れた時に気持ちのいいものを、と思ってこの紙を選びました。この紙は黄味がかっていたのですが、もう少し白っぽい紙もあり、『白い方が、挿絵がきれいに出ます』ということだったのですが、この紙のほうが暖かみがあると思い、これを選んだら、偶然“プリンセス”という名前だったのです」
自分の興味が「如実に表れている」
本書には、2016〜2025年に朝日新聞と京都新聞に掲載されたエッセイ47編が収録されている。奇抜な書籍タイトルとなったエピソードも収録エッセイの1編だが、読み返してみて「食べ物の話が多い!」ということに気付いた彬子さま。
「お米をテーマにした連載が入っているので、その割合が大きくなるのは当然のことなのですが、お米以外でも食べ物の話が多くて、自分が何に興味があるかが如実に表れているなと思いました」
発売前から重版がかかり、現在は5刷まで重ねている本書は、食べ物はもちろんのこと、彬子さまの身の回りのことや、気付いたことが丁寧に記されており、くすっと笑えると同時に、改めて日本に息づく文化や伝統の魅力も再発見できる。
「ある読書芸人さんがラジオでお話されていたのですが、その方は、『赤と青のガウン』、『新装版 京都 ものがたりの道』、『日本美のこころ イノリノカタチ』と刊行順に読んできたけど、もし彬子女王殿下の本を読んだことがない人におすすめの本を聞かれたら、『飼い犬に腹を噛まれる』を紹介すると言ってくださっていました。この本には今まで発売されたすべての本のエッセンスが詰まっているから、入門編のようなもので、これを読んでみて、例えば留学時代の話が面白いと思ったら『赤と青のガウン』、日本文化の話に興味がわいたら『日本美のこころ』などという感じでより深めていくことができるはず、という話をされていました。それを聞いて、すごくよくとらえてくださっているな、と思い、うれしかったですね」
まさに、彬子さまの要素がいろいろ詰まっている一冊と言える。
「この本は一編一編が独立しているので、どこから読んでいただいても、どこでやめていただいても、表紙から裏表紙まできっちり順番に読まなくてもいいので、お好きな時にお好きなように読んでいただけたらいいなと思っていますし、私が興味を持っていることに関心を持ってくださると、とてもうれしいです」