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情報の海に潜む罠 感じて、立ち止まって、問いかけて 国際ジャーナリスト堤未果さん@徳島県立城東高校

ジャーナリストになった経緯などを語る堤未果さん=永友ヒロミ撮影

9・11ショック なし崩しに起きたこと

 ジャーナリストの父の姿を見て、堤さんは育った。「いつもたくさんの人が家にやってきてタバコくさくて……。思春期の私はそれがすごくイヤで、ジャーナリストにだけはならない、俳優か監督になってお芝居の世界で生きていきたいと思っていました」

 その道には進まなかったものの、証券会社に就職し、ニューヨーク・マンハッタンの金融の最前線に。そして2001年9月11日。いつものように20階のオフィスに出社すると、突然の爆音とともにビルが激しく揺れ、ハイヒールの堤さんは床に倒れ込んだ。再び激しい衝撃に襲われ窓の外を見ると、隣のワールドトレードセンターから黒い煙が上がっていた。

「情報がなくパニックに陥る中、1時間半ほどかけて階段を下りビルの外に逃げました」。命からがら逃げ延びた堤さんの目に映ったのは、地獄のような光景だった。
 生徒たちにとっては教科書に載っている「歴史上の出来事」。壮絶な体験に息をのむ音が聞こえるようだ。堤さんはさらにこう続ける。

 「本当に怖い体験は、翌日から始まったのです」

 メディアには「テロリスト」たちの写真が公開され、大統領はテレビで「緊急事態の今こそアメリカは団結しよう!」と声高に訴えた。そして、「緊急事態」という大義のもと、法律や法案は議論をすっ飛ばして決まり、政府に疑問を呈するジャーナリストはメディアから消された。マンハッタンだけでも監視カメラが3千台も設置された。監視の目はネットにも及び、何を検索したのかも見張られるように。
 「いったい何が起きているのか? 真実はなんなのか? その答えを自分で探しに行こうと決心し、私はジャーナリストになったのです」

 

 イラク戦争に赴いた若者たちを取材し、彼らの言葉に戦慄を覚えた。
 「国のためにと軍に志願し、『敵国にはテロリストしかいないから全部殺せ』と命じられた。ところが敵地に行ったら、普通の家族、同世代にも普通の子しかいなかった。そんなテロリストでもなんでもない人たちを、アメリカのため、正義のためと自分は殺してしまった」
 こうした若者の多くは心を病み、帰国後に自殺した兵士の数が、戦死した兵士の数を上回った。堤さんがインタビューした20代の米兵は「テレビや新聞、先生、そして政府までがみんな同じことを言い出し、それに疑問を感じても質問させてもらえなくなったら、その違和感に気づいてほしい。日本の高校生にそう伝えたい」と訴えたという。
 それから四半世紀近くの時間が流れた。ネットやSNSの影響で社会の分断化はさらに加速している。「デジタルテクノロジーがより巧妙な『罠』を仕掛け、私たちの中に入り込んできているのです」

「自分で選んで行動しているつもりでも…」。堤さんの授業に聴き入る生徒たち

自分で選んでいるのか、選ばされているのか

 「罠」とは?  堤さんはすぐには答えを出さず、こう問いかけた。「スマホを1日で3時間以上使ってる人は?」。多くの生徒が手を挙げる。堤さんは、スマホばかり使っていると脳のある部分が退化してしまうことや、中国ではそうした10代のスマホ中毒患者が大勢いて、親が強制的に「脱スマホ合宿」に送り込んでいることなどを解説。それでも中毒から抜け出すことはたやすくないという。

 「スマホは『デジタルヘロイン』と呼ばれています。ヘロインを断つには物理的に手が届かないようにすると効果がありますが、スマホは周りがみんな持っているし、生活に密着しているから離れられない。アメリカでは10代のうつ病と自殺が増えていますが、スマホが発売された2007年から顕著になってきている。なぜスマホは人をダメにしてしまうのか?  先ほど話した『罠』が巧妙に張り巡らされているからなのです」

 プロジェクターの画面には、親指が上向きと下向きのおなじみのアイコンが。「いいね!」と「悪いね!」。これが「罠」の正体という。

 「『いいね!』がつくとうれしくて、もっともっとと承認欲求が際限なく出てくる。逆に『悪いね!』は人から貶められた気持ちになり抵抗感が生まれる。『いいね!』と『悪いね!』は、私たちの感情をいとも簡単にコントロールしてしまうのです」

 さらに、「いいね!」「悪いね!」という他人の評価に常にさらされていると、本当に自分が望む欲求なのか、誰かに承認されたいから欲求しているのかが判断できなくなる。「自分がわからなくなると人はどんどん自信を失い、自己肯定感が奪われていきます」

 この「罠」は、世界中のネットユーザー、特に若い世代の注意をオンラインに1秒でも長くとどめておくために発明された。「それが全部お金になるから」と堤さん。開発したGoogleの技術者は億万長者になったが、「取り返しのつかないことをした」と深く後悔し、今ではスマホ中毒からどう抜けられるのかを啓蒙する活動をしているのだという。

 現実はしかし、世界のスマホの普及台数は40億台を超え、ネットユーザーの実に94%がGoogleを利用。プロフィルや嗜好、リアルの行動もオンライン上の履歴も把握され、欲求をすぐに刺激するような絶妙なタイミングで広告が提示される。また、アメリカで、特定の党を支持する人がネットを検索すると選挙に行くよう促す広告が出るように操作され、その党の得票数が増えたという事例を紹介。「『罠』にコントロールされるようになると、自ら選んでいるつもりの行動すらも、操られるようになってしまうのです」

感じとった違和感、無視しないで

 「罠」にかからない策として、「検索結果の下の方、あるいは次、さらにその次のページと、全部見てみてください。ユーザーの行動履歴を追わない検索エンジンもあるので、利用してみて」と堤さん。さらに、この日会場となった図書館を見まわし、こう続ける。「図書館でふと手に取った本を読んでみるのもいいですね。電子書籍だと目しか使わないせいか記憶に残りにくいけれど、紙の本は、ページをめくるなど体を使うことで、情報や物語が自分のものになる」。堤さんは1冊の本を執筆する際、50冊以上の本を読むという。ネットの検索では同じ傾向の意見や考え方ばかりが出てきて、視野が狭くなってしまうからだ。

 「大事なことは、違和感を無視しないこと。違和感を感じたら、ネットに頼らず自分で調べてみる。そのときに欠かせない三つの力があります」とし、こう語った。

 「デジタルテクノロジーが進化すればするほど、情報はより速く、大量に、わかりやすい形でどんどん入ってくる。すると、頭というハードディスクはパンクしてしまう。でも私たちは人間です。体がある。五感がある。いいことだけでなく、マイナスの感情も全部しっかりと全身で感じる。自分の注意を自分に向けることで感情は消化され、コントロールできるようになるのです。そして、答えが出なければ何度でも立ち止まり、疑問を持ったら何度でも自分に問いかける。感じる力、立ち止まる力、問う力。この三つの力を手放さなければ、どんなにテクノロジーが進化しても絶対に大丈夫」

 1時間半に渡る話を食い入るように聞いていた生徒たち。質疑応答では、「AIとはどのように付き合うべきか?」など、デジタルネイティブと呼ばれる若い世代だからこその質問、意見も出された。

「負の感情もぜんぶ大事。きちんと感じきってほしい」と語りかける堤未果さん

生徒たちの感想は…

村田春樹さん「選挙のとき、ネットの情報などで『この候補者はちょっとな』とコントロールされた心当たりがあります。ネットやSNSだけでなく、新聞やテレビなど別の情報も調べ、自分で考えるようにしたい」

玉有慶太さん「ネットやSNSが普及したことで、なぜ自分とは異なる意見が入ってこなくなるのか、偏った意見に誘導されるようになるのかと疑問に感じていました。まもなく選挙権を持つこの時期にお話を聞けたことはターニングポイントになったと思います」

藤川大夢さん「本を読むのが好きなのですが、確かにデジタルだとあまり内容を覚えていない。大好きな『進撃の巨人』、紙版で読んでみようと思いました」