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湊かなえさん「人間標本」 美少年が次々と…「イヤミスの女王」本格ミステリー

左手には蝶の指輪

 作家、湊かなえさんの2年ぶりとなる小説「人間標本」(KADOKAWA)が刊行された。おどろおどろしい題名そのままに、美少年が次々と標本にされていく物語。猟奇で耽美(たんび)でありながら、たくらみに満ちた「イヤミスの女王」ならではの本格ミステリーになっている。

 物語は手記から始まる。高名な画家の息子ながら画才に恵まれず、蝶(ちょう)の研究の道に進んだ男が亡父のアトリエに集った5人の画家の卵を前に思う。〈美しい姿を永遠のものにしたい〉。手記の中身は、美少年を蝶に見立てて標本にしたうえ、最後は息子に手をかけた犯罪者の告白だった。

 親の子殺しというテーマは10年来、温めていた。娘が成人したのを機に、ファンの要望が多かった父と息子の話を書き始めた。「虐待死とかにはしたくなくて、父親が人生を捧げてきたものが動機になるような形を考えていくうちに、愛する息子を標本にするアイデアを思いついて。で、標本といえば蝶だなと」

 蝶に興味は全くなかったが、調べていくうちにハマっていった。「毒を持っていたり、色の見え方が人と違っていたり、蝶の様々な特徴はミステリーと親和性が高いと気づいたんです」

 手記のなかで、美少年は外見や画風を反映した形で標本になる。輝くばかりの端正な容姿のアオは、青い金属のような輝きのレテノールモルフォ、黒一色のペンアートを手がけるダイは、新聞紙が風に舞っているようなオオゴマダラに。蝶に見立てるために身体を損壊され、アート作品と見まがう標本に仕立てられていく。

 「全工程を脳内で映像にしながら書きました。夜にうなされるくらいにダメージを受けたんですけど、楽しかった。これって殺人でなく、生きたままのアート作品だったら、少年たちの個性を引き出す『良かった探し』なのかなと思って」

 異常心理者の妄想としか思えない手記だが、6人の死体が見つかり、ネットで公開されると糾弾の嵐が巻き起こる。ゆがんだ自己顕示欲の発露とも思える手記はなぜ書かれ、公開されたのか。物語の後半、読み手は思いもよらぬ結末へと導かれていくことになる。

 「10年以上、長距離を短距離のスピードで走ってきて、しんどかった」からと昨年1年間、小説を休筆しての「復帰作」。手記や毒親といった掌中のモチーフに、自らが楽しんだ江戸川乱歩らの作品の味わいを盛り込めたと自負している。

 「ミステリーって、人間が道具のように扱われているなんて批判がありますけど、人間を書こうとするあまりにミステリー本来の楽しさを失いたくない。やっぱり湊って面白いよ、と思ってもらえたら」(野波健祐)=朝日新聞2023年12月13日掲載