司馬遼太郎の命日にちなんだ第29回菜の花忌シンポジウム(司馬遼太郎記念財団主催)が7日、東京都内で開かれ、約980人が聴き入った。
最初に司馬遼太郎賞の贈賞式があり、「外務官僚たちの大東亜共栄圏」(新潮社)で受賞した熊本史雄・駒沢大教授が思いを語った。著作では、国益追求に邁進(まいしん)する外務省で国際派エリートたちが誤算を重ねていった様相を外交史料から明らかにした。「独占的、排他的な発想がいかに怖いか。100年前の話を書いたが、今の日本や国際社会が二重写しに見える」と指摘。「人間の行動原理やそこに潜む病理は普遍的。教訓として十分通じる」と過去に学ぶ必要性を訴えた。
シンポジウムでは「『豊臣家の人々』を語りあう」のテーマで、作家の安部龍太郎さん、門井慶喜さん、木下昌輝さん、諸田玲子さんが登壇した。司馬が書いた「豊臣家の人々」は、秀吉という存在によって運命を変えられた豊臣家と、一家の衰亡を描いた連作短編だ。門井さんは「本来真ん中にいるべき秀吉は重要な脇役に過ぎず、主人公は周りの人。ドーナツの形をした短編集ということができる」と表現した。
作品を読み返したという安部さんは司馬について、「かなわない。もう一度生まれ変わって挑戦したいくらいですね。史料収集力、文章の美しさ、りりしさ、哲学を兼ね備えている。我々にとっても特別な存在」と語った。
話題は、司馬が同時期に秀吉の光彩を書いた「新史太閤記」にも及んだ。木下さんは「高度経済成長期で成長することに何のてらいもない日本人寄り」の描き方をしていると指摘。一方で「豊臣家の人々」は「敗戦処理の話。いつか日本が下がる時が来ると分かっていて、令和の日本のために書いたのでは」と思いを巡らせた。
最後に、若い人たちに向けて作品の魅力を伝えるならと問われた諸田さんは、両作とも人間の複雑さが表れているとし、「今はSNSで一言で済ませてしまうことが多いけれど、やっぱり単眼ではなく複眼で見ないと人間って分かりません。いい時も、悪い時もある複雑さを、ぜひ司馬さんの小説で学んでもらいたい」と呼びかけた。(堀越理菜)=朝日新聞2026年2月18日掲載