1. HOME
  2. インタビュー
  3. 湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた
PR by 双葉社

湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた

湊かなえさん=松嶋愛撮影

湊かなえ『暁星』(双葉社)

家族が鎖になる宗教2世の難しさ

――旧統一教会に恨みを持った山上徹也被告による安倍晋三元首相の銃撃事件は2022年に起きました。この事件に作家として興味を持った理由を教えてください。

 銃撃自体がまず大きなインパクトだったんですが、それに加えて統一教会という名前が出てきたことに驚きました。1990年代に霊感商法や合同結婚式などが大きく報道されていたものが、その後見聞きしなくなり、私は教団が持つ規模が小さくなったのか、なくなったぐらいに思っていたんです。それが、もっと大きな規模で、もっと影響力のある人たちに関係のあるものになっていたなんて……。自分の人生においてもそちらに続く分かれ道が身近にあったこともあり、誰にでも起こりうることとして考えるようになりました。

 これまでの作品で私は、親子、とりわけ母と娘の関係を書いてきました。宗教2世の問題の本質も、教団を離脱することが、親を捨てることと結びついてしまう心理的な難しさに結びついているところです。信仰を捨てたいし、教団から逃げたいけれど、親を置き去りにすることもできない……。家族関係が鎖になっているのではないかと、書きながら改めて感じました。

――裁判も始まり、山上被告の家族と旧統一教会の関係なども詳しく報道されています。今回のために新たな取材はされましたか?

 むしろ何もしてはいけないと思って、資料はあえて遠ざけていました。読者に切実に考えてもらう入り口として現実の事件を置いた分、その後はきちんと自分の想像力を駆使して、作品世界を構築しようと。例えば旧統一教会を取材して教団の様子を書いてしまうと、それは旧統一教会だけの問題になってしまう。特定の教団ではなく、宗教というものにどのように勧誘されてとか、どのような心の隙をつかれるのだろうとか、一から考えました。

 人は何を求めて教団の門をくぐるのか。教団の中心にある教義は? 社会的な影響力を強めるために出版社とつながるならば、作家を入信させるにはどのような手段を使うのか……と。

湊かなえさん=松嶋愛撮影

教団の教義や儀式も創造

――教団の儀式も本当にありそうでした。悩みを言葉に書き、それを修行した人が書き写すことで願いが叶う「かきけし」はリアルですね。

 人の心を、医療や科学の力ではなく、説明できないもので掌握するためには、印象的な儀式が必要でした。人は困難な状況に陥ったとき、何かすがるものを求めてしまう。「かきけし」は誰もができるのではなく、修行を受けた人だけができて、そういう人にしか扱えない文字を作ると、お金を払ってでもやってもらうしかないと思います。さらにその修行者に「成龍」「角龍」など位を作っておくと、困難な願いを叶えるために「最高位の龍の位を持つ方にお願いしたい」と多額のお金を払うことを不思議と思わなくなってしまう……。効くんだろうなと思っちゃいますから、うまいシステムですよね。

――力を持った人が優れた作品を読むと文章から龍が浮かんでくる、というイメージにも驚かされました。しかも、教団と直接関係ないものでもその現象は起きる。いわば教団の教えの根源にあるものが、実は普遍的なことなのかとも思わせます。

 科学的なもの、合理的なもの以外のすべてを否定しているわけではないんです。小説を読んだときに、物語の中に景色が立ち上ってきたり、温度を感じたり、音楽が聞こえたりする人がいるであろうように、本当に優れた物語を読む目を持った人が読めば、その書物から龍の姿が立ち上ってきたら面白いんじゃないかと思いました。

――もうひとつの物語のエンジンが、手記と小説をそれぞれ書くことになる2人の純愛です。本や交わした言葉を通して、最後まで絆を保つというのが心に響きました。

 宗教2世の物語を書こうと思った時に、教団の壁の外側にいる人と内側にいる人を書きたいと思いました。永瀬暁は壁の外側にいて、事件を起こし、そのことを手記として残す。暁の手記が事件の日から遡っていくならば、内側にいる金谷灯里はそこにたどり着くまでの話にしようと決めていました。ふたりの人生がクロスして、ずっと重なるのではなく、たった6回しか会っていなくとも、点と点を結んで星座を作るような、そういった構成にしています。

 手記というスタイルで書いたのは初めてだったのですが、手記は自分が見せたい場面を切り取って外に向かって提供するものであることに気づきました。暁はひとつも嘘はついておらず、見せたいところだけを出していったら、みんながそれを事実だって思ってしまう恐ろしさがありますね。改めて小説との書き方の違いに気づかされました。

湊かなえさん=松嶋愛撮影

巨大な組織に立ち向かえるのは言葉の力

――暁の父は長瀬暁良(あきら)という筆名を持つ作家で、人気作家ながらも文壇の大御所作家である清水義之に文学賞の選評で酷評されたうえ、教団寄りの出版社から干され、自死を選びます。ひりひりする設定ですね。

 私自身、物語は常に自分の頭の中にあって、たぶん無人島に行っても孤独死はしないと思います。でも今は、感想を言ってもらったり、それをさらに面白い映像にしてもらったり、物語を共有できる幸せを感じています。手に取って読んでもらえたら、読んだ人の心に残る可能性があるのに、読者に届く手段を奪われるっていうのは作家にとって辛い状況で、生きる希望を失うこともあるのではないかなと考えました。

――長瀬暁良が書いた『暁闇(ぎょうあん)』は、暁の同僚だった留学生がインドネシアに帰国し、翻訳出版したことでインドネシアでベストセラーになります。夜間工場でアルバイトをする貧しい大学生たちが未来のために強く生きていこうとするこの物語を読んだ人たちによって、社会が変わっていくかもしれない可能性を感じます。

 海外のブックフェアに参加するようになって思ったのは、宗教や環境の違いがあっても、人間の根底にあるものとか心の奥にあるものをきちんと書けていれば、世界中の人と繋がることができるということです。物語は生き続けて、作者がいなくなっても、何十年経っても物語から何かを受け取る人がいる。物語に即していえば、ふたりが書いたもので巨大な宗教組織にひびをいれることができるかもしれない。

――湊さんの作家としての思いが今回の作品にはより強く込められていますね。

 言葉を中心に置くことで、自分が最初に考えていた以上に小説や物語の意味について書くことができて、改めて自分は言葉と一緒に生きているということを実感しました。デビューから18年経って、だんだんと干からびてきた感覚があって、あと何作書けるかなと思っていたところだったのですが、この作品のおかげで自分のなかで新たな扉が開いたような感じです。書き終えた時に、これを書けて良かったと思えました。自分の中でも納得のできる作品です。皆さんに読んでもらい、物語を共有できたらいいなと思っています。