ラジオで「夫と別れたい」と泣いた女性に想いを寄せて
――野原さんは、これまでも夫婦の危機を描いてきましたが、最新作は「熟年夫婦のクライシス」がテーマです。結婚30年を迎えた夫婦に焦点を当てたきっかけは?
ラジオの「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)が好きでよく聞いているのですが、70代くらいの女性が「離婚したい、でもできない」と泣きながら話していたのが忘れられなくて。普通はそのくらいの年齢になると、夫に不満があっても「もういいや」と離婚を諦めている方が多い気がするんですよね。でも、夫が定年退職してずっと家にいるようになると、一度は封じ込めたはずの不満がまたフツフツと湧き上がってくる。その煮え切らない思いというか、やるせない衝動を描いてみたいと思ったのが始まりでした。
――妻のヨシ子は「お醤油を買いに行ってくる」と言い残し、そのまま失踪してしまいます。この「お醤油」という言葉が絶妙で「日常」から「逃避」する様子が伝わってきます。
「『お醤油を買いに行く』と言ったきり帰ってこない」というフレーズは、実は過去の作品でも一度使ったことがあるくらい、私の中に強く残っている言葉なんです。子どもの頃に聞いたのか、テレビで観たのか、どこかで読んだのかは定かではないのですが、なんだかすごく耳に残っていて。日常の象徴である「お醤油」と、非日常である「失踪」のコントラストが、私の中でずっと引っかかっていたんでしょうね。
夫に「殺意」まで抱いている女性は意外と多い
――失踪したヨシ子は、毎日、夫のために手料理を作るごく普通の主婦でした。表面上は仲良し夫婦で、一見、幸せそうな家庭の闇の深さを感じさせる作品です。
「テレフォン人生相談を聞いていると、夫に対して殺意まで抱いている女性が意外と多いことに驚きます。例えば『毎日、夫が死なないか願っている』とか、昼間の番組なのにそこまで言うのかと思って聞いていました。
それとは別の話ですが、以前、私の家の近所で50代の女性が夫を殺害した事件があったんです。その夫婦は、立派なマンションに住んでいて、はたから見れば誰もがうらやむような裕福で幸せそうなご家庭だったのに、妻が夫を鈍器で殴って殺してしまった。そのニュースのコメント欄を見ると、「奥さん、よっぽど我慢していたんだね」「言いたいことも言えなかったんだろうね」と、殺された男性より女性に対する同情の声が多かったんです。
私のなかで、ラジオの人生相談で泣いていたおばあちゃんと、近所で起きた事件の女性の像が重なって、ヨシ子というキャラクターが生まれました。
――ある日突然、ヨシ子は夫から逃げましたが、読み進めていくと、過去に「まさか」と思わされる出来事が起きたことがわかりゾッとしました。
そうですね。この作品で一番伝えたかったのは「どんなに憎くても旦那さんを殺しちゃダメ。そこまで追い詰められる前になんとかしよう」ということです。
自分の感情をずっと抑え込んでいると、いつか爆発してしまう。取り返しのつかない事態を招く前に、逃げるなり離れるなり、別の選択肢を持ってほしい。この作品は、ある意味で「逃げること」を肯定する物語でもあります。
ヨシ子には、今までとは違う自分に出会ってほしかった
――後半、ヨシ子が夜の世界に足を踏み入れていく展開は、これまでの野原さんの作品とはまた違ったドキドキ感やスリルがありました。
ヨシ子は、ずっと狭い世界で生きてきた人なので、失踪先では今まで見たことのない世界を見せてあげたかったんです。夜のお店で、今までとは違う自分に出会ってほしかった。専業主婦として家庭を守ってきた人って、気配りもできるし料理も上手だし、実は接客業の才能がある人が多いと思います。
家の外に出れば、そのスキルは高く評価されるから、ヨシ子にも輝ける場所を作ってあげたかった。今まで「誰かの妻」「誰かの母」としてしか見られていなかったヨシ子が、一人の人間として、女性として必要とされることは、彼女にとっての自己実現の第一歩でもあると思います。
――一方、残された夫の康は、妻がいなくなっても「自分は何も悪くない」「俺はいい夫だった」と思い込んでいます。この男女の認識のズレがリアルで怖いくらいでした。
ラジオの人生相談でも、男性からは「僕は何もしていないのに、妻が離婚したいと言っている。寝耳に水だ」という相談が結構あります。でも、相談員が詳しく話を聞いていくと、妻が嫌がることを無自覚に繰り返していたり、追い詰めていたりする。男性はケロッとしていても、妻の方は深く傷ついている、というケースは本当に多い。
康にとってヨシ子は、一人の人間というより「俺のツマ」という記号や所有物のような感覚だと思います。タイトルも、あるシーンの康の言葉から取って「うちのツマ〜」にしました。妻ではないんですよ。
――ヨシ子は、「夫のため」「息子のため」に生きてきて自分を見失っていきました。家事や子育てに追われて社会から孤立しがちな女性にとっては他人事ではないと思います。
一見、「誰かのため」というのは美しい生き方に見えます。ときにスポーツ選手が「ファンのため」に頑張るように、素晴らしい力になることもあります。でも、それが夫婦や親子関係の場合、共依存になるとお互いに苦しくなっていきます。
この作品を描くために取材もしましたが、結婚生活に不満があっても「この人と結婚すれば働かなくていいと思った」「養ってもらおうと思った」と、最初から相手に依存している女性は意外と多いんです。でも、依存していると、嫌なことがあっても別れられない。
(ヨシコの息子の妻でフリーランスで働く)あかねのように「自分軸」で生きている人は、何かあったらスパッと決断できますから、その違いは大きいですよね。
「妻はこうあるべき」という固定観念を捨てて、自由に生きて
――野原さんは数年前に離婚されたそうですが、「離婚したい」と言いながら何年も行動しない人と、スパッと離婚できる人の違いは何だと思われますか?
やっぱり「離婚しようという強い意志」、そして「勢い」と「タイミング」でしょうか。結婚と同じですね(笑)。考えすぎると離婚ってできないんですよ。経済的な不安があっても、離婚する人はします。
私が離婚した時は本当に大変でした。エネルギーもいりますし、離婚した後も「本当にこれでよかったのかな」「あんなに離婚したかったのに」としばらくモヤモヤしたりして。でも、私が離婚した後、周りの友人も離婚していきました。相談を受けることもありましたが、私はあえてアドバイスはしませんでした。
離婚はやっぱり「本人の意思」で決めないと、その後の人生に責任が持てないし、タイミングを逃してしまうこともあるので。逆に「できない」と言っているうちは、まだ現状維持ができている状態なのかもしれません。ただ、自分はこの先どう生きたいのか。ヨシ子のように限界まで我慢する前に、何度も自分に問いかけることが大切だと思います。
――野原さんの作品はどれも、一見幸せそうに見える家族の裏側にある「ドロドロした感情」をえぐり出して見せるところに共感する読者が多いです。
本当は、もっと明るくて楽しい話を描きたい気持ちもあるんです(笑)。でも、編集さんからのオファーに応えようとすると、自然と私の中にもあるドロドロしたものが引きずり出されてくる。取材をしていても、普通なら「ふーん」で終わらせてしまう他人の話が、自分の中のフィルターを通してみると、「これは私の一部でもある」と感じることは多いですね。
ヨシ子も、取材した女性たちのエピソードと、私自身の中にある感情を引っ張り出してきて作り上げたキャラクターです。「うちのお母さんを見ているようだ」「母親が心配だ」という感想も多いので、やはり同じように苦しんできた女性は多いんですよね。
母親が「家族のために」頑張ってきた姿を、子どもたちはちゃんと見ていて、同時に、それが母親自身を苦しめていることにも気づいている。だからこそ、「お母さんには幸せになってほしい」と願っているんだと思います。
――この作品は、結婚生活に悩んでいる女性たちへの「応援歌」でもありますね。
ラジオで泣きながら人生相談していたおばあちゃんのように、誰にも言えない苦しみを抱えている人の横で「そうだったのね……」とうなずいてあげたいです。もし今、離婚したくてもできない辛い状況にいる人は、せめて自分のために生きる方法を探してほしい。「妻はこうあるべき」という固定観念を捨てて、もっと自由に生きてほしい。この作品が、その小さなきっかけになれば嬉しいです。