鴻巣友季子の文学潮流(第35回) 映画と小説を深読みして楽しむ「嵐が丘」
エミリー・ブロンテ唯一の小説『嵐が丘』は、1939年にウィリアム・ワイラー監督によって映画化されて以来、数えきれないぐらい映像化、舞台化されてきた。
とはいえ、『嵐が丘』は誤解されてきた作品でもある。この小説を翻訳したというと、日本では体感3割ぐらいの人から、「キャサリーン! ヒースクリーフ!って荒野で叫び合う話ですよね」という反応が返ってくる。原作にはこのようなシーンは一つもないのに、である。おそらく、美内すずえの演劇漫画の金字塔『ガラスの仮面』で同作を上演する有名な場面に影響されているのだと思う。
もう一つの誤解は、本作が若い男女の崇高な純愛物語であるというもの。これは、映画など多くの視覚芸術作品が、小説前半の第1世代だけを描いているからだろう。たしかに原作の前半は、イギリスの相続制度という社会機構のために結ばれなかったキャサリン(裕福な自作農の娘)とヒースクリフ(拾われてきたよそ者の孤児)の運命が描かれるが、後半では一転する。ヒースクリフと、その子どもたちの世代が主役となり、支配と復讐と怨念と遺産の取り合いの物語が展開するのだ。当時のイギリスの社会構造に起因する人種と階級と男女差別によるこじれと恨み、その連鎖が浮き彫りになる。
この小説は、19世紀前半に、英国ヨークシャーの田舎の牧師館に生まれ育ったエミリー・ブロンテが、当時のイギリスの相続法の知識を駆使して書いたもので、未婚・既婚女性が父親・夫の所有物として扱われるイギリス社会への痛烈な批判が込められている。また、それは拡大する大英帝国とそれに伴う植民地への弾圧・搾取に対する批評的なまなざしにも繋がっているだろう。
さて、ここにまた一つ果敢な『嵐が丘』の映画版が登場した。監督は『プロミシング・ヤングウーマン』『Saltburn』を撮ってきたエメラルド・フェネル。本稿では、映画の美術セット、古典引用、そして「ヒースクリフとは何者なのか?」という点に絞って、原作と映画を併せて楽しんでいきたい。
映像美術の面から原作と小説の違いをごく簡略化して言うと、ブロンテの小説はゴシックだが、フェネルの映画はバロック的な印象を与えるということだ。一つ象徴的なのは、キャサリン(マーゴット・ロビー)が嫁ぐエドガー・リントン(シャザド・ラティフ)の家のダイニングルーム。調度はわりあい簡素で、シャンデリアは作品舞台のジョージアン様式っぽいが、鮮やかな赤をアクセントとした色づかいといい、銀器、燭台、壁の建材や光の反射と影の使い方といい、なんとなくピーター・グリーナウェイ監督の『コックと泥棒、その妻と愛人』を想起させられた。グリーナウェイはオランダバロックの絵画にインスパイアされたそうで、その代表的な絵画がセット内に飾られている。
今回の『嵐が丘』の映画では、ダイニングの壁にメタリックな建材が使われ、トロンプ・ルイユ(だまし絵)などが取り入れられているが、これはバロック様式の引用ではないだろうか。映像美を堪能したいシーンだ。ちなみに、原作に出てくるエドガー・リントンの家はこんな感じ。ヒースクリフの語りなので素朴な描写である。
「えんじ色の絨毯に、えんじ色のカバーをかけた椅子とテーブル。どこまでも真っ白な天井には、金色の縁取りがしてあって、真ん中から、なんだかガラスの雫みたいのが銀の鎖につるされて雨みたいにたれてるんだ。それが小さな蝋燭でキラキラしてさ」
原作では、ジョージアン様式とおぼしきリントン家の様子には華美・過剰さはなく、秩序と理性を象徴している。とはいえ、映画では謹厳実直なエドガーの意外な側面や性癖が見られるかもしれないので、お楽しみに!
原作には性的な描写はほとんどないが、映画版はかなりエロティックだ。キャサリンとヒースクリフは恋人というよりソウルメイト(分割された片割れ)なので、エロスで「結ばれて」いるのではなく、もともと一つの存在。だから、彼女は「人間の魂がなにで出来ていようと、ヒースクリフとわたしの魂はおなじもの」「私はヒースクリフなのよ!」と言う。
つまり、原作では第1世代のキャサリンとヒースクリフの関係は社会構造を離れた「常世」のエターナルな関係であり、後半のキャサリン娘とヒースクリフ息子の第2世代において、「浮世」のヒューマンな関係が語られることになる。しかし映画は前半のみを扱っているため、地上の愛を親の世代に前倒しにしたような恰好になり、成熟した男女の旺盛な性愛シーンが展開することになった。
荒野に点在するキリスト教到来以前の先史時代に建てられた宗教的巨石のようなものがときどき映し出されるが、キャサリンとヒースクリフ(ジェイコブ・エロルディ)は原始的な異教的な存在であることを示している。原作では、口うるさく聖書の文句を唱える下僕ジョウゼフの軛からつねに逃れようとしている。
そのキャサリンとヒースクリフの背徳と破戒を象徴するセットが、「針の目」と通称される景観建築だ。映画を観た人は、ピラミッド状の石造建物が出てきたのを覚えていると思う。子どもの頃のふたりがここで雨宿りをして夕食に遅れ、アーンショウ家の父(マーティン・クルーン)にひどい虐待と折檻を受けることになる(この父は原作と正反対でDVがひどい)。罪と罰の刻印された場とも言えるが、のちのちキャサリンが資産家の妻になってから、ふたりはここでついに思いを打ち明けあい、「共に地獄へ堕ちよう」と言う。
この建造物には宗教的ないわくがついている。「金持ちが天国に入るより、ラクダが針の穴を通るほうが容易い」というルカ福音書の言葉を受けて、ある富豪が「馬車を針の穴に通してみせる」と豪語し、これを建てたという言い伝えがあるのだ。
天国への門となるはずの場所で、ふたりは地獄堕ちの誓いを立てたことになる。
フェネル監督の映画には、あちこちに古典文学や映画への目配せや引用が鏤められている。まず、これはもうポスターの構図にもくっきり表れているけれど、『風と共に去りぬ』からの引用は明確だ。
キャサリンとヒースクリフが抱擁しあい見つめあっているあの図である。これは、『風と共に去りぬ』の有名なポスターをなぞっているのだと言う。他にも、婚礼の日にネリーがキャサリンのコルセットをぎりぎり締めるシーンは、どうしたって『風と共に去りぬ』で乳母のマミーがスカーレットのコルセットを締めるシーンを髣髴とさせる。
しかしパーティでウエストを細く見せたいスカーレットと違うのは、この映画のキャサリンは自分に痛苦を与えるためにやっていることだ。アーンショウ家の父親(マーティン・クルーン)に始終背中を鞭打たれるヒースクリフと痛みを共にするためだろう。強く締めすぎたせいで、あとでドレスを脱いだ背中が血にまみれているのが一瞬映っていた。
影響関係からすれば、『風と共に去りぬ』は『嵐が丘』的な世界にインスパイアされた作品である。スカーレット・オハラとレット・バトラーはキャサリンとヒースクリフのように、閉鎖的な共同体のアウトサイダーであり、バトラーの人物造形はヒースクリフの特徴をかなり受け継いでいるだろう。後の項で詳述する。
それから結婚のプロットについても『風と共に去りぬ』と似通っている。当然、『風と共に去りぬ』のほうが『嵐が丘』に影響されたのだが、『嵐が丘』の原作を知らずに今回の映画を観た人は、筋運びが『風と共に去りぬ』と似ている(パクリ?)と思うかもしれない。キャサリンがエドガーと結婚せざるを得ないのは、当時のイギリスの相続法によるのだ。女性であるため家の財産を継ぐことができず、召使い同然に扱われているヒースクリフと結婚したら、文字通り路頭に迷うことになる。
そこで、原作でも映画でもキャサリンは資産家の男性と結婚して、その経済力で最愛の人を救おうと考える。とはいえ、当時のイギリスにはコモンローという女性に人格を認めない法律があり、既婚女性は夫の所有物同然だったから(法的人格は夫のそれに吸収される)、キャサリンがそんなに自由にリントン家のお金を使えたとは思えない。
その他に映画での大きな引用と言えば、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』だろう。ブロンテ姉妹はシェイクスピアに多大な影響を受けており、『嵐が丘』はシェイクスピアの四大悲劇がそうであるように、人物たちの性格によってdoomed(破滅が運命づけられている)性格悲劇の部分もある。
映画ではキャサリンとエドガーとの出会いの場ではっきり引用されている。キャサリンが立派なリントン家の屋敷に近寄っていくと、エドガーの被後見人である未婚女性のイザベラ(アリソン・オリヴァー)が「ヴェローナで栄えたふたつの家のお話」を熱心にエドガーに語っているのだ。「マーキューシオが殺されて……」と続き、『ロミオとジュリエット』だとはっきりわかる。
このシーンで強調されるのは、結ばれ得ない男女の悲恋ではなく、「出した手紙が届かず、それによって悲劇が起きる」という「届かなかった手紙」のモティーフだ。『ロミオとジュリエット』では疫病の感染者が出て家をロックダウンされてしまい、濃厚接触者の修道士が足止めを食う。そのせいでジュリエットからロミオへの手紙は届かず、あの悲劇が起きるのだ。この「ロミジュリ」の引用が、映画のフラグとして働く。
『嵐が丘』論では、家政婦で語り手のネリーに悪意の有無が論じられてきたが、フェネル版はそのあたりをかなり明確に表現している。
ヒースクリフの「出どころ」については、映画は原作を改変しているので注意が必要だ。原作では、リヴァプールの街で拾われたのだが、映画ではこの原作の設定を最初にはっきりと否定している。アーンショウ家の父親が近場の居酒屋に出かけた折に、いたぶられている男児を可哀想に思い拾ってきたのである。
当時、イギリスはアフリカ、スペイン領の南米と米国を結んで、三角貿易を展開しており、リヴァプールは英国最大級の奴隷貿易港だった。つまり、18世紀後半のイングランドには黒人が一定数、住んでいたということだ。
そのためこの地名とも結びついて、ヒースクリフ黒人(アフリカ系)説というのが根強くある。しかしフェネル版の映画では、「リヴァプールやブリストルじゃあるまいし、子どもを殴るなと言ってやったんだ」という父の科白が挿入されている。なぜ監督はこのマイナーチェンジを行ったのか? 簡略化して言えば、ヒースクリフ=アフリカ系という固定イメージを解く意図もあるだろう。
ちなみに、英文法からも見てみよう。ネリーの台詞を原文で引用する。“A good heart will help you to a bonny face, my lad,” I continued, “if you were a regular black;(「心がけが良ければ、おのずと顔もきれいになるもんよ、坊や」あたしは続けました。「もしあんたが本物の黒人だとしてもね」)If you were は仮定法過去というやつだ。事実に反する仮想を表現するときに使う。つまり、regular(「定期的な」ではなく「正真正銘の」という意味)blackではないと言っている。
原作でヒースクリフが他にどう表現されているかというと、、gipsy(インド北西部から東欧を経由して広がった流浪の民)、a little Lascar( 東インド会社の商船などで働くインド人などアジア人水夫の子)、 American or Spanish castaway(アメリカ人だかスペイン人のはぐれ者)などと呼ばれている。negroや black という表現はない。例えば、初めて彼を見たエドガーの幼い妹イザベラはこう言う(映画版では、妹ではなく被後見人に変更され、アリソン・オリヴァーが好演している)。
「いやだ、こわい! そんな子、地下蔵に押しこんどいて、パパ。あの占い師の息子にそっくりだわ」
占い師とはジプシーのことだが、それのみを指すわけではなく、イングランドの白人社会では色が黒くて異質なよそ者を全般的に表しているのだ。上記の他の呼称も同じくである。ちなみに、ヒースクリフと同様、共同体の異端児であり忌み嫌われる『風と共に去りぬ』のレット・バトラーはヒースクリフの黒さを継承しており、dark-skinnedや swarthy(浅黒い)と繰り返し描写されている。しかし彼はもちろん黒人ではなく、伝統ある南部の街チャールストンの上流階級の白人である。
ヒースクリフはネリーにはこんなふうにも言われている。
「父上は中国の皇帝、母上はインドの女王様、どちらも一週間ぶんの収入で、嵐が丘と鶫の辻の屋敷をいっぺんに買いとれるぐらいのお金持ちかもしれない。あんたは悪党の船乗りに誘拐されて、イングランドにつれてこられたってわけ。あたしがあんたの立場だったら、自分の生まれはうんと上等なのを想像しとくね」
ここからイメージされるのはアフリカ系というより「東方」の何者かである。「自分の実の親は高貴な生まれ」という想定は、フロイトが「出生妄想(family romance)」と呼んだもので、こうした庶子・捨子空想が近代小説の起源だと、批評家マルト・ロベールは説を立てている。
ヒースクリフもそんな貴種流離のケースだとネリーは妄想しているわけだが、ここには当時の大英帝国の不安と恐怖が映しだされているのかもしれない。本作刊行時のイギリスはインドを植民地化していたが、中国はアヘン戦争で屈服させたものの支配は盤石ではないと感じていた。文芸評論家スーザン・メイヤーはその恐れがこの台詞には表れていると言い、植民地の報復として「逆帝国主義」と呼んでいる。インドと中国という大国が「結婚」して手を結べば、イギリスはひとたまりもないという漠たる社会不安が形象化したものだというのだ。
では、ヒースクリフは行方をくらましていた3年の間、なにをしていたのか? 映画では「外国に行っていた」と言われ、彼はそれを否定しない。じつはこの3年間はアメリカでは独立戦争の時期に当たる。原作中に、家政婦ネリーと語り手ロックウッドのこんな台詞がある。
「ヒースクリフのぴんと伸ばした姿勢からは、軍隊生活 がうかがい知れるようでした」
「あるいは、アメリカへと逃れ、自分を育ててくれたイギリスに流血させて出世したか?」
つまり、アメリカに渡り独立軍に参加してイギリスの王立軍と戦ったとという推測だ。アメリカの独立戦争とは植民地の反乱と独立の成功を象徴するものだ。ヒースクリフがアメリカ側についたという仄めかしは、当時の読者にそこはかとない不安を喚起したとメイヤーは指摘している。
ヒースクリフの異質な「黒さ」というのは、ただ肌の色を表したものではないことがわかるだろう。今回の映画でオーストラリアのエロルディがヒースクリフ役にキャストされたことで批判が起きたが、イングランドにおける異端的な黒っぽさの表象という意味では、バスクなどの血を引くエロルディは完全に的外れではないと思う。
『嵐が丘』の映画史で言えば、ローレンス・オリヴィエが主演したウィリアム・ワイラー監督のそれが未だに正典として扱われているところがある。他の監督もブニュエルといい、吉田喜重といい、男性ばかりだ。
その映画史からすると、フェネル監督の作品は嫡子ではなく庶子的な存在なのかもしれない。しかしヒースクリフにアフリカ系俳優を配したアンドレア・アーノルド監督の『嵐が丘』(2011年)もそうだが、イギリス19世紀の小説黄金期を開花させた女性作家の古典作品が、21世紀になってようやく女性の映画監督によりって女性の声を獲得しているのは、じつに歓迎すべきことではないか。
※映画の台詞は、鴻巣が大意をとって訳しています。また原作からの引用は、鴻巣訳版(新潮文庫)を土台にしています。以下、参考文献。
“Your Father Was Emperor of China, and Your Mother an Indian Queen”: Reverse Imperialism in Wuthering Heights” by Susan Meyer, Bloom’s Modern Critical Interpretations, Emily Brontë’s Wuthering Heights Updated Edition, Edited and with an introduction by Harold Bloom, Infobase Publishing, 2007
The Structure of Wuthering Heights by Charles Percy Sanger, Hogarth Press, 1926