長年乗っていた電動自転車に故障があいつぎ、春の訪れと共に買い替えることにした。もともと母が乗っていたものを譲り受け、そこから十年以上が経つので、まあ寿命である。
人生最初の自転車との出会いは幼稚園の頃。ただ、補助輪なしでも乗れるようになるのと前後して、大人でも上るのに苦労するほど激しい坂の上に引っ越してしまったため、子供時代の自転車の記憶は乏しい。今のように自転車を頻繁に使い始めたのは大学進学以降で、それでも先日手放した自転車を譲り受けるまでは、帰宅時は毎回、長い坂道を手押しで上っていた。
山形県出身の女性は、「京都は冬でも雪がないので、一年中、自転車に乗れるんですね!」と驚いていた。一方で仕事で出かけた長崎市では、坂が多い土地柄のせいか、自転車をほぼ目にしなかった。土地の方にその発見を告げると、「自転車に乗れない長崎市民は多いです。うちの妻は転勤で東京に行った時、大人向けの講習に通って乗れるようになりました」と仰(おっしゃ)った。たかが自転車とはいえ、土地柄が垣間見えて興味深い。
わたし自身は一度も京都を離れた経験がないが、わたしの過去の自転車のうち一台は我が家から東北に旅立っている。十五年前の春、東日本大震災直後のことだ。まだ道路が整備されぬ被災地の移動に使っていただこうと、京都の大学で自転車の寄付が呼びかけられた。折しも、ほぼ新品のシティサイクルに買い替えたばかりだったこともあり、すぐ寄付の手続きを取った。
冷淡なもので、今まで乗った自転車の色や形の大半は記憶がない。ただ不思議にあの春、東北に送り出した自転車のぴかぴかの緑はよく記憶している。その後、あの自転車がどれだけ役立ったのか、それはもう知りようがない。それでも冬が遠ざかるたび、少しでも誰かの支えになってくれたならよかったのだけどと考え、あの春に思いを馳(は)せる。=朝日新聞2026年3月4日掲載