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今日マチ子さん「るすばん猫きなこ」インタビュー 猫の一生に託し、震災後の声なき声と向き合う

©今日マチ子/講談社

10年経って被災地に足を運んで気づいたこと

――『るすばん猫きなこ』よりもかなり以前、2011年に『みつあみの神様』(集英社)というマンガで、今日さんは震災についてすでに一度描かれています。今、ふたたび震災に向き合おうと思ったのはどうしてですか。

『みつあみの神様』は、2011年の東日本大震災が起きてすぐに描き始めた作品でした。当時はまだこの震災をどう捉えたらいいか誰にもわからなかったし、被災地に行くこともできませんでした。ふだんの私は必ず現地に行ってから描くというスタイルをとっているので、悩んだ末にファンタジーにぐっと寄せて描いたんですね。『みつあみの神様』という作品としては満足していますが、震災からは離れてしまったという心残りがありました。

 東日本大震災から10年たった頃、ニュースを見ていて「ちゃんと取材して描きたい」と考えていたことを、はっと思い出しました。なんで忘れてしまっていたのだろうという罪悪感を抱えながらも、そこで初めて被災地に行きました。実際に足を運んで色んなことを感じた経験は、やはり大きかったです。

――どんなことを感じましたか。

 被災地を訪れるまでは、ある程度「復興」がなされていて、「震災の記憶」という言葉も一部の意識が高い人たちが言っているだけなのかなと私自身が思い込んでいたふしがあります。ところが実際に行ってみると、「復興した」と言い切れるかというとハテナが浮かぶほどの爪痕があり、おそらく人々の心の中にもしっかり残っているのだろうと感じました。そのあたりから勝手に「もう大丈夫だ」と思ってしまっていた被災地の人々の心に、自分なりにアクセスできないかを考え始めました。

震災の記憶を伝える場所として知られてきた福島県双葉町消防団第2分団の旧屯所のスケッチ(今日マチ子さんnoteより)

――今日さんは東京藝大出身で美術教育を受けてきたこともあるのか、現地に赴いて写真を撮ったり、描くことを大事にしていますよね。『るすばん猫きなこ』の場合も、最初は現地でスケッチをされていた様子がSNSに残っています。写真ではなく、自分の手で線を引く中で見えてきたものはありますか。

 1回描いてみることで、風景をフィクション化する感覚があります。そうやって、自分のマンガ家としての立ち位置を理解しようとしているのかもしれません。震災の取材というと、行政の体制などの枠組みから調べていく方法ももちろんありますが、私の目に留まるのは、被災地に10年間取り残されている車の中にあったドーナツの箱とかなんです。おやつのために買ったけど食べる前に避難したんだろうなと想像したり、子どもの靴が積んであるのを見て時間を感じたり。

――時々スケッチの中に天使がいますね。

 なんとなく人の気配が欲しいと感じた時に描いているだけなんです。

帰りたい。迎えにきてほしい――同じ場所で待ちつづける誰かを描く

――大地震が起き、最初は一晩だけのつもりで子猫が家に置いていかれますが、その後の原発事故によって、避難区域となった家に家族は戻ることができなくなってしまいます。津波にのまれて亡くなった子どもの幽霊も、やはりおるすばんの約束を信じて、お母さんが迎えに来るのを待っている。『るすばん猫きなこ』には、タイトルから想像するのとは少し違う「おるすばん」が描かれています。

 あえて避難をせず、ずっと避難区域でひとり暮らしている方がいらっしゃるという記事を読んだことがあって。避難区域で誰かがひとりぽつんと待っている姿を想像した時に、ふと「おるすばんみたいだな」と思いました。そこから、置いていかれた猫や亡くなった子どもの幽霊など、同じ場所で待ちつづけている誰かがいるというストーリーができました。

©今日マチ子/講談社

――主人公は、子猫の「きなこ」と小学1年生の女の子「ここな」です。子猫と子どもを主人公にしたのはどうしてですか?

 被災地を回っている時、大川小学校という津波で子どもたちが数多く亡くなった場所を見学して、ものすごい衝撃を受けたんです。淡々と案内をしてくださった女性が最後に自己紹介として、私も震災で子どもを亡くしましたと仰ったことが忘れられませんでした。最初は大川小学校について描こうかと考えていたのですが、どんな風に描いたらいいのかがどうしてもわからなくて。2年ほど考えているうちに、アイディアが徐々に「子どもの話を描きたい」という思いに収束していきました。

――連載では毎回「※この話には、津波・原発事故に関する描写が含まれます。フラッシュバック、強いショックを受けられるなどのご心配がある方はご注意ください。」という注意書きがあり、津波や瓦礫も正面から描かれています。その一方で、きなことここなのかわいくて和むシーンもたくさんあります。

 津波の描写は目にすることがつらい方が今も数多くいらっしゃるので、描くべきなのかすごく躊躇しました。でもちゃんと描かないと、ずっと先の未来に読んだ人が震災の何が怖かったのか、ここなちゃんがなぜ死んだのか、わからなくなってしまうだろうと思ったんですね。だから注意喚起を入れて描くことに決めました。ただ、亡くなった子どもたちを、残されたご家族が納得できる姿で描きたいともすごく思っているんです。だから津波にのまれて亡くなったここなちゃんは、幽霊だけれど、作中ではわりとのんきに楽しく暮らしていたりします。

――きなことここなちゃんが迎えを待っている様子には胸がしめつけられました。

 描いていてかわいそうで辛かったけれど、私も心に残っているシーンです。避難区域には放射線量の問題などで中に立ち入ることが難しくなってしまったので、時間が経ってご遺体を見つけることがなかなかできなかったという方も少なくないそうなんですね。そうした困難な状況を含めて、おるすばんする側だけでなく、迎えに行きたくても行けない側の気持ちも描いていきたいです。

©今日マチ子/講談社

震災後、それぞれに異なる時間経過を猫の一生をモチーフに

――猫の一生を描く物語とも銘打たれていて、各話のタイトルはきなこの月齢になっています。子猫のきなこの成長と一緒に震災からの時間を追っていくような構成になるのでは、と想像しています。

 数年前に、飼っていた猫が高齢で亡くなったんです。その時に「猫の一生って、震災が起きてから今までの時間の長さと同じくらいなのか」と気づきました。私自身、震災当時を思い出す時に「猫がまだ小さかったな」「地震にびっくりしてこんな風に隠れていたな」と、猫の様子から思い出すことが多くて。『るすばん猫きなこ』では、猫の一生をモチーフに震災後の時間経過を描いていくつもりです。……そうそう、きなこがもう死んでいると思って第1話でいきなり泣いた読者の方もいたそうなんですが、生きています! 猫には絶対に幸せでいてほしいという確固たる思想が私の中にあるので、そこは安心して読んでほしいですね。

©今日マチ子/講談社

――時間を描く中でどんなことを伝えたいと思っていますか?

 それぞれに異なる時間の過ぎ方がある、ということでしょうか。
幽霊のここなちゃんと、きなこの飼い主で避難したさきちゃんは、震災時点では同じ小学1年生ですが、時間がたつにつれてギャップが出てくるはず。被災地も1巻時点では多くの場所が瓦礫ですが、復興がどんどん進む場所もあれば、手つかずのまま15年を迎えてしまう場所もあるでしょう。そして復興が進んでいる町に住んでいたとしても、心の奥底では何も消化できずにいる人だっているはずです。東日本大震災から15年経ったから前を向こうということではなく、もっとひとりひとりのことを普通に話したい、という気持ちを込めて描くことができたらうれしいです。

――忘れてしまわないように。

 そうですね。東京など遠くに暮らしていると、何ができるんだという思いや罪悪感で、この話題自体を避けているうちに時間が経って忘れてしまう部分がありますよね。でも、15年経った今が、私にとっては向き合えるタイミングでした。沖縄戦に想を得た『COCOON』(秋田文庫)という作品以来長く取り組んでいる戦争マンガも同じですが、あえて部外者が語らないと情報が広がらない。そこに関係のない人間が描く意味を見出しています。

――震災、戦争など、今日さんがあえて重いテーマに取り組み続けるのはなぜですか?

 よく聞かれます。戦争ものを描いている時も、私は、戦争自体を描きたいわけじゃないと思っていました。じゃあ何を描きたいのか。言語化できずにいましたが、色んな取材で質問されるうちに、「声を出せない人たちの話を描きたいのかもしれない」と気がつきました。そういえば、高校生の頃に通っていた美術予備校の課題で生まれて初めて描いた物語も、子どもと亡くなったお母さんの幽霊の絵本で、今につながっているな、と。『るすばん猫きなこ』は、亡くなってしまった方や今も震災後を静かに生きている方の声にならない思いを聞く作品にしていきたいです。

©今日マチ子/講談社