第30回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)の受賞作が決まりました。
マンガ大賞は児島青さんの「本なら売るほど」(KADOKAWA)、新生賞は「怪獣を解剖する」(同)のサイトウマドさん、短編賞はかわじろうさんの「あたらしいともだち かわじろう短編集」(マガジンハウス)です。朝日新聞社が選考する特別賞は「ペリリュー ―楽園のゲルニカ―」(白泉社)の武田一義さんです。
マンガ大賞、新生賞、短編賞の選考にあたった、社外選考委員の皆さんによる選評をご紹介します(委員名の50音順)。
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■秋本治さん(漫画家)
今期の手塚治虫文化賞の最終候補作も力作ぞろいでした。中でも、児島青氏の『本なら売るほど』がマンガ大賞に値する作品だと思います。画力もあり、描きこみすぎず、余白も上手にあり、古書店なので専門的だがマニアックにならず、女性や子供でも読みやすく、紙の本を大切に扱っているのが好きです。
今の時代、紙の本は重くて、場所を奪って邪魔物扱いされますが、電子書籍になる前は、それが普通でした。大きなテーマを掲げたりはしていませんが、古書店を中心にしたオムニバス映画のようで素敵です。読みやすいので幅広い人たちに読んでもらいたいです。
短編賞に入った『あたらしいともだち かわじろう短編集』も日常をテーマにした話ながら心に響く「下戸のソウルフード」なども、ドラマチックで映画を見たような感動があります。
新生賞のサイトウマド氏の『怪獣を解剖する』も本当に怪獣がいたらあり得る話だと、その日常の人たちをリアルに描くことで怪獣が、まるで大型台風の被害のようで、現実とフィクションの狭間(はざま)がおもしろいですね。
今回はベテラン漫画家の新作がマンガ大賞の候補作品にノミネートされていたのが印象的でした。いしいひさいち氏の『ROCA コンプリート』。四コマで膨大なストーリー作品を描きあげる手法と、作品にかける情熱。それも自費出版から始まり、読者の熱い希望で商業単行本として出版されたというエピソードを聞き、胸に刺さりました。
連載の締め切りに追われ、つらい日々を体験されていると想像しますが、今でも新作を描く情熱には、ものを作る者として学ぶべき点がたくさんあります。また、いがらしみきお氏の『人間一生図巻』も、発想を含めて創作に終わりがない!と教えられました。
■里中満智子さん(マンガ家)
手塚先生がご存命なら最近のマンガの多様な表現をどんなに喜ばれたかと想像してしまう。
もともと「マンガは多様な表現、多彩なジャンル、無限のテーマを持つ」と読者に教えてくれたのは手塚作品だった。多くの若者たちが自己表現の手段としてマンガを選んだきっかけは手塚先生の存在無くしては語れない。
今回も多様な作品が候補に登り「選ぶ」というより、ひたすら楽しませてもらった。
『本なら売るほど』は、本という形に整えられた作者たちの存在そのものへの愛と敬意に満ち溢(あふ)れている。電子版が普及しても、物体としての本が人間の生理にかなった伝達方法だと改めて考えさせられる。丁寧に紡がれる一コマ一コマの流れが心地よい。
『怪獣を解剖する』は異色の「お仕事マンガ」だ。「怪獣と戦ったり未知の生物から地球を守ったり」のアクションサスペンスは馴染(なじ)みがあるが、ごく自然に「お仕事」としてとらえる新鮮な見方が面白い。
『あたらしいともだち』は「こんなの描けたら嬉(うれ)しいな」と思わせる魅力がある。あとがきによると作者は数年前にふと「マンガが描きたい」と思い立ち、マンガ教室へ通ってデビューを果たしたという。小さい頃からマンガ家に憧れて何年も何年も挫(くじ)けずに頑張って……というのが「当たり前」と思い込んでいたが……。確かにマンガは本人が「どうしても描きたい」と思うのがスタート。表現方法は「自分らしければ良い」これしかない。傘さえ描ければどんな絵でも描ける。私はそう信じていたが、その証拠がここにある。
特別賞『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』は世界の全ての人に読んでもらいたい永遠の名作。後世に残すのは人類の使命と思う。
■高橋みなみさん(タレント、洗足学園音楽大学客員教授)
今年のマンガ大賞は『本なら売るほど』に。一冊の本との出会いで人生が変わることもある。本の持ち主に思いを馳(は)せることができるのも、古本ならではの魅力だなと思いました。本が好きな人が読んだら、よりグッとくるのでは!? 実在する作品が多く登場する点も、読者が新しい本と出会うきっかけになるのではと思いました。
大賞には『君と宇宙を歩くために』も推薦。誰もが少なからず世の中に「生きづらさ」を抱えていると思います。彼らを通して、できない自分を認めてあげることの大切さに気づかされる、自分を重ねながら読める作品です。
新生賞は『みいちゃんと山田さん』を推薦。社会の残酷さや生きづらさに胸が苦しくなる一方で、その先をどう描いていくのか、読者として向き合わされる、続きが気になる作品です。
受賞した『怪獣を解剖する』は、現代のさまざまな問題を絡ませながら、物語としても強く引き込まれる作品でした。「未知を既知に変えることが防災に繫(つな)がる」という言葉と、「今ここにある危機」を取り除くことが大切だという考え、どちらもわかるなと、いろいろと考えさせられました。
短編賞は『あたらしいともだち かわじろう短編集』。読後感がとてもよく、あたたかさが心に灯(とも)る作品。ありふれた日常の中で、人は出会いによって世界が開けていく。その空気感を物語を通して共有させてもらっているような感覚がとても好きでした。
今年も選考は白熱しました。描かれているテーマがまったく異なる素晴らしい作品を選ぶ難しさを毎年感じていますが、漫画を心から好きな皆さんと意見を交わす時間はとても有意義で楽しいひとときです。読者の皆さんも、この賞を通してまだ出会っていない素敵な作品と出会えますように。
■中条省平さん(フランス文学者、学習院大学名誉教授)
今年の手塚治虫文化賞は、マンガ大賞、新生賞、短編集を受賞した作者が三人とも新鋭と呼ぶべき若い人たちで、まことに清々(すがすが)しい結果となりました。そうして、あらためてマンガという表現形式の清新さを実感することができ、とてもうれしい気持ちになりました。
『本なら売るほど』は、マンガをふくめた書物への愛が至るところにあふれ、それが人間の愛(いと)おしさにもつながって、読む人に幸福感をもたらしてくれます。老若男女万人にお薦めできる上質のマンガです。
『怪獣を解剖する』も、物語、キャラクター設定、作画構成が驚くべき完成度を見せ、そのうえ、文明論的な問いかけまで内包して、怪獣ものの変種という水準をはるかに抜きんでている秀作です。
一方、『あたらしいともだち かわじろう短編集』は、一見素朴に見える画風でありながら、この上なく繊細なまなざしで孤独と友愛のあいだを揺れる人間の感情をとらえ、私たち読む者の心を慰撫(いぶ)してくれます。大好きなマンガです。
個人的には、近藤ようこの『家守綺譚(きたん)』が、ベテラン作家による日本マンガの最高水準の達成だと考えて、マンガ大賞に推薦しました。日本のアニミズム的な風土を作りあげる描線の美しさ、マンガの余白の効果を引きだす精妙な空間設計は、もはや余人の追随を許さぬ域に入っていると思います。
新生賞で推薦した赤瀬由里子のオールカラーの作品『ナイトメアバスターズ』には、マンガを描くことの原初的な歓(よろこ)びが充溢(じゅういつ)して、心にじかに飛びこんでくる感じに魅せられました。
いがらしみきおの『人間一生図巻』は、巨匠が毎回8ページという短さで、人間とは何か、生命とは何かという問題に挑んだ連作です。短編賞というジャンル分けを超えるほど大きく深いという印象をもちました。
■トミヤマユキコさん(マンガ研究者、白百合女子大学准教授)
マンガ大賞は、児島青『本なら売るほど』に決定した。古書店を舞台に温かな人間関係が描かれるかと思いきや、いきなり本を廃棄するエピソードが出てきて、いい意味で予想を裏切られた。古本屋だからって全ての本を大事に取っておけるわけじゃない。本を愛すればこそ、このような現実とも向き合わねばならぬということが説得的に描かれていて、信用できる作品だと感じた。受賞おめでとうございます!
新生賞は『怪獣を解剖する』のサイトウマド。文字通り怪獣を解剖する女性研究者の話である。生きている間は大きな軀体(くたい)で人類を脅かし、死んだら死んだで解体するのに手間がかかる怪獣の存在を自然災害と重ねて読むひとも多いだろう。個人的には生理の日の仕事ぶりを描いたエピソードが印象に残っている(しんどいのに仕事をしちゃうあの感じ、身に覚えがある!)。フィクションだが、徹頭徹尾リアルな感覚に下支えされている作品だ。個人的には『半分姉弟』の藤見よいこを推していたが、サイトウ氏の受賞もうれしい。
短編賞はかわじろう『あたらしいともだち かわじろう短編集』。作画のかわいらしさとテーマの切実さがミックスされて、得も言われぬ魅力を醸し出している。誰かと誰かが出会って、ことばを交わし、友だちになる。生きていれば誰にだって起こり得ることだが、実は小さな奇跡である。その尊さ、かけがえのなさに胸がぎゅっとなった。
特別賞は朝日新聞社のひとたちが時間をかけて議論した結果、『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』の武田一義に決まった。いま、このタイミングでこの作品・作家を選出することには、とても大きな意味があると思う。手塚治虫も大事なテーマとしていた反戦と平和については、何度訴えても訴えすぎるということはない。
■南信長さん(マンガ解説者)
マンガ大賞の『本なら売るほど』は、クセのある本好きたちの姿を洒脱(しゃだつ)に描く好編。書店員を含む本好きのツボを突いてヒットした。言葉に頼りすぎず、表情や行動、隠喩イメージで人物の性格や感情を伝える技は巧み。登場する本がほぼ実在で、つい読みたくなる点もいい。
個人的にイチ推しの『隙間』は、前作のイメージからエモい青春ものかと思いきや、自由と民主主義を希求し、多様性の尊重を願う骨太な物語だった。市民と国家、自由と抑圧、台湾と沖縄、それぞれを対比させながら、異なる文化土壌の人と出会い、歴史を学ぶことで成長していく少女の姿が眩(まぶ)しい。「知は力なり」という言葉のとおり、知識・知性の重要さを再認識させられる点も見逃せない。受賞は逃したが、世界中で戦争が起こり、日本の自由と民主主義が危機的状況にあるなか、多くの人に読まれるべき作品である。
新生賞の『怪獣を解剖する』は、超ド級のエンタメ快作。設定自体は目新しくないが、「未知を既知に変える」ために奮闘する研究者、解体作業を担う派遣労働者、有事に備える特科機動隊員らがそれぞれの仕事に向き合う姿こそが最大の見どころ。一方で「女性が来ることが想定されてない」男ばかりの現場の問題点もきっちり描く。被災地住民の葛藤、風評被害、復興の遅れ、地域格差などの描写は、福島の原発事故や能登の地震と重ね合わさずにいられない。それでいて説教臭さのないエンタメたりえているのは、語り口の巧みさとキャラの魅力による。
短編賞の『あたらしいともだち』は、思春期の若者たちのささやかな生まれ変わりの物語が尊い。結果的に3賞とも従来にないほどフレッシュな顔ぶれとなった。それだけ新しい才能が次々に現れるのはマンガ界の裾野の広さの証左だろう。
■矢部太郎さん(芸人、漫画家)
マンガ大賞の『本なら売るほど』は本を媒介にした人間ドラマがわかりやすく広く支持されました。よく書店員さんとも話題になったので、この一年のベスト作品にもふさわしいと思います。取り上げる本も幅広く、本を読まない人にも楽しめる親しみやすさが魅力の作品だと思います。個人的には作者が本当に描きたいものを自費出版したものの完全版『ROCA コンプリート』を推しました。4コマのギャグマンガが積み重なり浮かび上がる物語は、断章形式でつながらないが故に、語られない余白が読者の想像を呼び起こし続け、ラストは大きな余韻を残します。候補作の中で『家守綺譚』、『ソラリス』の作家性のある作者によるコミカライズの達成も印象に残りました。
新生賞『怪獣を解剖する』は怪獣が登場する先行作品の世界観を踏まえて、その中でのお仕事マンガで、社会性のあるテーマを娯楽性も伴いながら描く力に惹(ひ)き込まれました。これからどのような作品を描かれるのかとても楽しみです。一次推薦では『多聞さんのおかしなともだち』を推しました。独創性のある絵の魅力。他者に対して恋愛感情を抱くことがない主人公が、自分にしか見えない存在と会話をすることで、誰にも言えない自分を伝えていく。この作品から救われる人がきっといるであろう重要な作品だと思いました。
『あたらしいともだち』は素朴な絵柄でありながら、構図や陰影が心の変化を伝える絵がとても良いです。どこか孤独感を抱えている登場人物たちの物語は、どれも自分の話のように読めて、読み終わるとすこし世界に前向きになれるような読後感があります。『シューリンガンの息子』と大変迷いましたが、『あたらしいともだち』は一作ごとwebで読んでいた時も魅力的でしたが、一冊になったときに、それぞれ趣向が凝らされていて短編集として素晴らしく推しました。
朝日新聞デジタル2026年04月27日掲載