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「本なら売るほど」古本屋描く作家は思う「読書は面倒を楽しむ冒険」

児島青さんの受賞記念イラストと「本なら売るほど」(KADOKAWA)

 第30回手塚治虫文化賞マンガ大賞を、児島青さんの「本なら売るほど」(KADOKAWA)が受賞した。著者インタビュー前編では、自身も古物商の経験があるという児島さんが、古本屋を作品の舞台とした理由などをたっぷり語った。「読書や本を買うことは娯楽、冒険だと思う」と話しつつ、「最近それが忘れられてきている気もしている」とも。そんな思いをにじませた作中のセリフとは。

(物語の詳細に触れている部分があります。作品を未読の方はご注意ください)

■描けてよかった第1話

 ――受賞の受け止めをお聞かせください。

 「先日、ありがたいことに『マンガ大賞2026』(書店員ら有志によるマンガ大賞実行委員会が主催)という別の賞も受賞させていただきました。授賞式の翌日のラジオ収録中、担当編集者に手塚治虫文化賞受賞の連絡が入って。収録後に知らされ、驚いて思わずのけ反りかえりました」

 「手塚治虫先生のお名前は、あまりにも大きい。『本なら売るほど』が1作目で、まだ2巻しか単行本を出していない(取材当時。現在は3巻まで刊行)新人マンガ家がこんなに大きな賞をいただいていいのだろうかと、率直に言ってちょっと怖くなりました。そんなすごいことが本当に自分に起こったのかと、まだ信じられない気持ちでおります」

 ――そもそも、古本屋を物語の舞台とされた理由は。

 「まず、私が古本屋さんがすごく好きで、興味がありました。本は身近なテーマだったので、非常に描きやすかった。自分自身に古物商の経験があったことも背景にあります。古本に限らず古いものを扱うことには似た部分があると思うのですが、亡くなった方の持たれていたものを扱ったり、やむを得ず買い取ったものの一部を破棄したりすることもあります。そういう切なさ、やるせなさには、やはり通じるところがあるなと思っていまして」

 ――単行本1巻の第1話「本を葬送(おく)る」にもつながるお話ですね。主人公である古本屋・十月堂の店主の青年の本の処分や仕入れでの心の揺れ動きを描きました。

 「あのエピソードを描けてよかった。連載として続くとは思っていない段階の読み切りで描いたものでしたが、古物商の経験も生かしつつ、古本屋の喜びや悲しみを表現したいと思って描きました。これを言ったら身もふたもないのですが、1話に全てが詰まっているかもしれません」

 ――古本屋の魅力についてはどう思われますか。

 「まず、新しい本屋さんに行っても絶対に見つからない絶版本があったりするところ。そういう本を発掘する面白さがまずあります。また、貴重な本でなくても、少し昔の本だと装丁が違ったり、書き込みや蔵書印など前に持っていた方の痕跡が残っていたり、そういった部分も面白い。古本屋さんって、一軒一軒キャラクターがあるといいますか、お店自体に特色があって、はしごするのも単純に楽しいですね」

 ――第7話「鷹(たか)の目を持つ男」に登場する本好き紳士の中野さんのセリフは、古本屋に足を運ぶ人々にとっての魅力を如実に言い表していますね。「本の虫たちは迷宮に遊ぶのです」と。

 「昔に比べて、本屋さんに足を運ぶこと自体が当たり前のことではなくなってきています。ほしい本があったら、ネットで注文した方が早いし便利じゃん、という話になる。もちろんそうではあるのですが、趣味って、楽しむことって、面倒くさいことじゃないかと思うんです」

 ――と言いますと?

 「スキーを楽しむためにスキー用品を用意して、車を出して、雪の上を滑るために山に行くのと一緒で、中野さんは面倒くさいことを積極的に楽しんでいるんですよね。読書や本を買うことは娯楽、冒険であると私自身思っていますし、最近それが忘れられてきている気もしている。中野さんのセリフを通じて改めて描いた気がします」

■嫌われ者を描くときは……

 ――小説、マンガ、辞典など物語に登場する本のバラエティーの豊かさに驚かされます。どのようにセレクトしているのですか。

 「まず、本ありきではありません。軽くネーム(下書き)を切ってみて、話の流れを決めて、この中に風景としてどの本があったら効いてくるかな、と考えてあたりをつける。するとその本を取り扱うと決めた段階から、その本がお話にまた影響を与えてきて……というキャッチボールが私の中で起こり、最終的に物語ができあがります。私がセレクトしているので、どうしても偏りが出てきてしまうのですが、あまり小説ばっかりにならないようにとか、ちょっとこの辺でビジュアルブックを入れてみるか、とかはちょっと意識しています」

 ――主人公の十月堂の店主のキャラクターはどのように作り上げましたか。

 「本や古本屋が好きという動機で描き始めたお話でもあるので、十月堂の店主はその狂言回しといいますか。ある意味私の分身で、本好きだったりのんきだったり、うかつだったりするところは私に似ています。ただ、正反対なところもあって、対人コミュニケーション能力が高い部分に関しては、こういう人でいられたらいいなという理想も入っています」

 ――十月堂を中心に、人と人とのつながりが生まれていく群像劇、ヒューマンドラマとしての面白さがあります。

 「それを描いてやるぞ、という意識ではありませんが、やはりそこに古本屋があり、本や人が集まってくるという舞台設計だと、おのずと群像になっていくということかなと思うんです。出てくる人物にそれぞれの生活、人生があると意識していただけるような描き方ができていればいいなと思います」

 ――ちなみに、児島さんご自身がお気に入りのキャラクターは?

 「描いていて一番テンションが上がるのは紳士の中野さんの奥さんです。第5話「当世着倒(とうせいきだおれ)気質(かたぎ)」では(若い女性に着付けについて指摘する)『着物警察』として出てきて、2巻以降では中野さんの奥さんとして出てくるちょっと可愛らしいおばさん。私の中では『本なら売るほど』のマスコットキャラクターですね。本筋にグイグイ食い込んでくるキャラクターではありませんが、それが楽しいな、と」

 ――1巻第6話「さよなら、青木まり子」に出てくる美大生の南くんも印象的です。古本を買っていく南くんの目的が、本を破るなどして制作する美術作品のためと知り、古本屋の岡書房のおやじさんはショックを受けますが、その後の話で南くんは再登場し、その内容に読者としては救われた気持ちになりました。嫌な人で終わらせないところに児島さんの視線の優しさを感じます。

 「そう言っていただけるとうれしいです。南くんは、第6話で読者の方から非常に嫌われて。もちろん悪い意味で物語にパンチを与えるキャラクターとして出しましたが、一方で自分自身のこれまでを省みて描いたところもあります。若い時って、無意識に他人を傷つけたり、年長の方に対して同じ人間であるというような認識が薄いというか、甘えがあったり。そんなことを、半分自分を描くような気持ちで描いていました」

 「読者の皆さんが、岡書房のおやじさんに感情移入して読んでくださったので南くんが嫌われたわけで、それはそれで成功だと思うんですが、ただ、やはりどんな悪く見える人にもその人を愛する人が大抵いるもの。自分はこの人を嫌いだけれど、一方でこの人のために生きている人もいるだろうな、とよく思うんです。やはり人間は一面だけでは語れないものですから、こいつは白、こいつは黒、という描き方はあまりしてしまわない方がいいのかな、と思っています」

 ――いろんな本好きや本が出てきます。「読めない本好き」の人もいれば、漢字をかわいく感じ「諸橋大漢和」(辞典)を求める人もいる。質屋への質草としての束見本(つかみほん)(本文が印刷されていないサンプル本)も出てきました。

 「大漢和辞典はもちろん通読するような本ではないですが、古本屋さんや古い家に行くと時々あったりします。古本屋さんに買いにくる人の一面として、読むだけが目的ではないこともある。コレクションするため収集家が探しに来ることもあると思います。束見本もある種珍品ですが、そういうものも形として面白い面がある。束見本の話は、私自身が芥川龍之介全集の1冊の束見本をたまたま持っていたところから思いついて描きました」

 「連載を始めてから、どういったものを次は描けばいいかを常に考えています。『読めない本好き』の話も、あれだけ集めているのはやはり本という形態の魔力もあると思うんです。においだったり雰囲気だったり、人の気配だったり。そこにすでに物語を含んでいるというのが萌(も)えポイントで、私もすごく共感します。私自身、積ん読になる一方で全然手がつけられていない本をたくさん持っていますが、読んでいない本は意味がないのかというと、そうじゃない。そういった言葉にしづらい、目に見える価値にしにくいところが描きたかったんです」

■本なら売るほど

 受賞作のあらすじ 街の小さな古本屋「十月堂」には、店主の人柄と素敵な品ぞろえにひかれて今日もいろんなお客が訪れる。背伸びしたい年頃の高校生、不要な本を捨てに来る男、夫の蔵書を売りに来た女――。本を愛し、本に人生を変えられた全ての人へ贈る、珠玉の短編連作シリーズ。

■受賞者のプロフィル

 こじま・あお マンガ家。編集者にスカウトされ、2022年9月マンガ誌ハルタに掲載の読み切り「キッサコ」でデビュー。古書店を舞台にした初連載『本なら売るほど』で、宝島社『このマンガがすごい!2026』オトコ編第1位、「マンガ大賞2026」大賞など多数の評価を受ける。

(黒田健朗)朝日新聞デジタル2026年04月27日掲載