〈災害を知る〉
①「場を見て、人を知る」――本物の防災学から学ぶこと 牛山素行著『豪雨災害から身を守る』書評
記事:晶文社
「災害列島」に生きる私たち。身を守るには、「起こる前にどうするか」を考える必要があります。そもそも「豪雨災害」について、私たちは正しく知っているのでしょうか。災害情報学者の牛山素行さんは、30年にわたる現地調査と豊富なデータから、災害に対する私たちの「思い込み」を一つひとつ検証しています。この本の書評を寄せてくれた防災心理学者の矢守克也さんは、著者・牛山さんとは旧知の仲。徹底して現場に根ざす牛山さんの研究姿勢に触れつつ、私たちに問いかけます。
たとえば、試しに、以下の7つの記述の正否について考えていただきたい。
「近年日本社会では豪雨災害が激増している」
「昼に比べて夜の豪雨災害は怖い」
「最近豪雨災害が思いもかけない場所で多発している」
「豪雨災害の人的被害の多くは自宅からの避難が遅れることで生じている」
「浸水の深さが30センチ以上は要注意だ」
「ハザードマップは厳格に読み込むべし」
「防災に関するソフト対策はハード対策よりも人にやさしい対策だ」
(中略)
評者の想像では、このような予備知識を持ち出すまでもなく、多くの方が、先の7つの記述について、どれも「正しい!その通り」と思ったのではないだろうか。
ところが、著者は、これら7つの記述はすべて、完全な誤りではないにしても相当疑わしいことを、長年にわたる災害現場の調査を通じて得られた豊富なエビデンスをもって説得的に論じていく。(中略)
私たちが豪雨災害や防災について「何となく信じていた」ことの多くが、実は、中途半端な知識に過ぎなかったことを思い知らされるだろう。
(「場を見て、人を知る」――本物の防災学から学ぶこと 牛山素行著『豪雨災害から身を守る』書評 より)
評者によると、著者の牛山さんが主に見ているのは、災害現象の痕跡であり、物的被害の状況であり、さらにその現場の地形です。豪雨災害と他の災害との大きな違いとは何か、豪雨災害は昔に比べて激増しているのか、豪雨の際には自宅を出て安全な場所に避難した方が良いのか――。知ったつもりになっていた常識を、塗り替えていく。徹底的に現場に根ざした「本物の」防災学に触れ、私たちの命を守る行動に役立つヒントが並んでいます。
②「豪雨災害時代には『流域思考』による治水が必要だ」
記事:筑摩書房
かつてない量の雨が日本列島を襲い、豪雨による災害が続いています。『生きのびるための流域思考』(ちくまプリマー新書)の著者・岸由二さん(慶応義塾大名誉教授)は、東京都町田市を源流とし、横浜市で海へと流れる鶴見川の治水に長年取り組んできました。台風や大雨のたびに大氾濫(はんらん)を繰り返し、「暴れ川」と呼ばれた鶴見川。岸さんは、今こそ「流域」を枠組みとした「流域思考」という考え方を取り入れ、「流域」の単位から災害を捉え直す必要性を呼びかけます。
前にご紹介した牛山さんの視点が「防災の常識を疑う」ものなら、岸さんの視点は、川「だけ」を見るのではなく俯瞰(ふかん)し、雨が集まる土地全体=流域から災害を見つめ直すもの。最近のニュースにもよく取り上げられる下水道の「雨水管」や、自然保護・生物多様性保全の問題にも目を向けます。
雨水を集める雨水管は、下水処理場につながる合流管と、川に直につながる分流管に区分されます。鶴見川の流域でも、豪雨時に、処理場の汚水が雨水と一緒に河川に流出するトラブルを避けるため、近年の雨水管は分流式が採用されています。この場合、路面や町のさまざまな汚染が側溝に集まり、下水処理を受けることなくそのまま川に流入するので、河川水の汚染に影響することになります。流域に広がる土地で使用される化学肥料なども、適切な使用基準が順守されていなければ、雨の水と共に川へ流入し、水質汚染を引き起こします。
自然保護・生物多様性保全の分野も、流域思考で進めることが有効です。(中略)
最もわかりやすい事例が、暮らしの安全に関わる治水課題なのですが、それだけではなく、産業や自然環境保全の諸問題もまた、流域思考で対応していくべき内容を多く含んでいるのです。
(「豪雨災害時代には『流域思考』による治水が必要だ」より)
鶴見川は、河川対策、下水道対策に加え、緑、水田、開発に伴う雨水調整池の配置など、流域対策を体系的に組み合わせた総合治水対策が功を奏した、全国でも先駆けの例です。川を広げ、堤防を高くするだけではない豪雨災害対策。私たちにも、防災意識を個々の避難行動だけに限ることなく、広い視野に立って周囲を見回し、考えるヒントを与えてくれます。
〈備える、支え合う〉
③「複雑化する世界で求められる『リスクコミュニケーション』」
記事:平凡社
災害などに直面した時、行政や企業、地域住民などが情報を共有し、双方向で意見交換を行うことで、適切な判断と行動を促すプロセス「リスクコミュニケーション」。それを通じた危機管理のあり方について研究を続ける日本大学危機管理学部教授・福田充さんに、自身の著書『リスクコミュニケーション』(平凡社新書)の読みどころを伺ったのが、こちらの記事です。
ポイントは、災害自体ではなく、危機に備え情報をどう共有し、社会としてどう判断するかに焦点を当てている点です。地震や感染症などのリスクをゼロにすることが不可能な社会で、とりわけSNSでデマやフェイクニュースも拡散する時代、専門家やメディア、市民に求められるものを考えます。
私はこの分野の研究を始めて27年になるのですが、その当時と現在では社会、政治、経済などあらゆるものが大きく様変わりしました。なかでも技術が進歩した分、これまでにない「リスク」が生まれています。(中略)
ただ平常時だと「リスク」を意識しづらい上、人間は面倒なことを後回しにしがちです。そういうところに大地震や感染症のパンデミックが起きて初めて危機管理やリスクコミュニケーションの大切さを実感するということを日本社会は繰り返してきました。(中略)
われわれが直面しているリスクも新型コロナウイルスだけではなく、首都直下地震や南海トラフ巨大地震、原発問題、続いている無差別殺傷事件やテロリズム、ミサイルや台湾有事など、数え切れないほどのリスクがあります。混迷を極め、不安な気持ちになる時代だからこそ、リスクにきちんと向き合い、議論をし、合意形成をしていくというリスクコミュニケーションが大切になってくるのです。
(「複雑化する世界で求められる『リスクコミュニケーション』」より)
この本には津田大介さんとの対談も盛り込まれており、福田さんはそれを振り返る中で、「印象的だったのは、そこで発生する問題やトラブルの原因はネットやSNSではなく、人間だということです」と書き記しています。結局は、人間同士のコミュニケーションの問題を解決しなければいけない。これこそが「リスクコミュニケーション」の本質です。単に「専門家が正しい情報を市民に伝える」という一方向の情報発信ではなく、市民も参加し、今そこに迫る災害について、社会で情報を共有すべくコツコツ対話を重ねていく。そうしたたゆまぬ努力が、災害時に命を救うことにつながるのです。
④「『避難生活』を考える 〜自らの問題として避難生活の実態に関心をもつことから」
記事:朝倉書店
災害から逃れ、避難所にたどり着けば、それで「大丈夫」なのでしょうか。『災害復興学事典』から、関西大学の山崎栄一さんが執筆した「避難生活」の項目をご紹介しています。能登半島地震を受けて掲載されたものですが、「避難できた=災害から助かった、で終わりではない」という、災害に共通する問題を扱っています。
山崎さんは、体育館などへ避難できた人を見て「大丈夫だ」と思った瞬間、その後の生活の困窮を見落としてしまう、と指摘しています。そして「自分自身が避難生活を送るとしたらどのような生活を送りたいのか」という視点から、避難生活支援を社会全体で考える必要性を論じています。
避難生活では、居所や健康への配慮、一人ひとりの事情に応じた支援が欠かせません。「避難した後」の命と暮らしを守るために必要なことを考えていきます。
災対法を見てみれば、結構いいことが書かれているのにもかかわらず、避難所の風景というのは戦後の風景とあまり変わらないし、避難生活そのものが確固とした制度で支援されているわけでもない現実がある。原因の一つとして取り上げるべきは、避難生活に対する国民の無関心である。体育館に避難している人たちを見て「大丈夫だ」と思った瞬間に私たちはその人たちを「見捨てている」といっても過言ではない。そこからの生活の困窮について私たちは想像をしないといけない。
避難生活支援の改善を図るには、まさに避難生活の実態に関心をもつことから始まる。避難生活を他人事として捉えるのではなく、自分自身が避難生活を送るとしたらどのような生活を送りたいのかについての議論をもとに、避難生活支援についての国民的コンセンサスの形成がなされなければならない。私たちは戦後の避難生活観から脱却し、現代にふさわしい避難生活を獲得することができるのだろうか。 (「『避難生活』を考える 〜自らの問題として避難生活の実態に関心をもつことから」より)
災害から命を守ることは、危険な場所から避難することで終わるわけではありません。避難所だけでなく、在宅や車中、親類・知人宅など、避難生活のかたちもさまざまです。被災者をひとくくりにせず、それぞれの事情に応じて、命と健康、尊厳の保たれる生活をどう支えるのか。山崎さんは、避難生活を「誰かの問題」ではなく、自分自身の問題として考えることから始めようと呼びかけます。
〈被災後を生きる、語り継ぐ〉
⑤「反復を通して、新たな共有地を紡ぎ出す――木村周平さん・評『震災後のエスノグラフィ』」
記事:明石書店
ここでは、1995年1月17日に発災した「阪神・淡路大震災」の体験手記を集め続けてきた、「阪神大震災を記録しつづける会」の活動を紹介します。災害が終わったあと、経験を「記録する」「語り直す」「共有する」、さらに災害の経験を「記録しつづける」とはどういうことでしょうか。書評を寄せてくださったのは、人類学者の木村周平さんです。
震災から時間が経過するなか、本書の著者・高森順子さんは、震災の体験手記を集めてきた市民活動に加わり、その歩みを記録してきました。年月とともに人も社会も変わるなか、同じ震災に繰り返し向き合い、語り直すことで、新たな言葉や他者との「共有地」が生まれていくのだそうです。その活動を木村さんはこう評します。
タイトルの「震災後」が目を引く。災害が起きると、私たちは「復興」という言葉でその後の様々なことを語ろうとする。だが「復興」という言葉は、目指すべき地点があること、英語でBuild Back Betterと訳されるように、その地点がより良いものであることを含意する。だからこそ、この言葉は災害に巻き込まれた人々を勇気づける。しかし逆に、人々を苦しませることもある。災害の後に起きるのは決して「より良いもの」につながることばかりでも、思い通りにいくことばかりでもないからだ。では、そうした〈ままならなさ〉(本書のキーワードである)に満ちた事態は、失敗でしかないのだろうか、語る価値がないものなのだろうか。
決してそうではない、と著者は言うだろう。著者は、災害後の日々――それがいかなるものであれ――を自ら受け止め、言葉にしようとする人々の、その言葉を丁寧に受け止め、自らも言葉で応じる。そして、そうした言葉たちをひとつの本にして、誰かに向けて送り出す。それが本書、つまり「復興」ではない、「震災後」のエスノグラフィだといえよう。(中略)
本書を特徴づけるのは反復という行為だ。そもそも、「記録しつづける」ということが反復を含んでいる。執筆者たちは毎年、阪神・淡路大震災という「節目」に立ち戻り、そして書いてきた。だが、それが反復的な行為だといっても、かれらは同じことを・同じように書きたくはないだろうし、実際にそうなりはしないだろう。時間が経つなかで否応なく、自分も変わるし、周囲も変わっていく。だからこそ言葉にできることも出てくる。だが、あの日に立ち戻ることや、言葉にすることはより難しくなる。そうしたなかで、かれらはもう一度、自分に向かい合い、新たに書く。
(「反復を通して、新たな共有地を紡ぎ出す――木村周平さん・評『震災後のエスノグラフィ』」より)
「記録=過去を保存する」ことではなく、時間の経過とともに、過去に改めて向き合い直す。個別の災害を越え、災害の記憶をどう継承するか、普遍的な問いにもつながります。「復興」という一見ポジティブな言葉では捉えきれない、〈ままならなさ〉をも記録する。高森さんたちの活動は続きます。
⑥「関東大震災から100年、朝鮮人虐殺を描く衝撃の記録文学が待望の文庫化『羊の怒る時』」
記事:筑摩書房
最後にご紹介するのは、災害による「被災者(=被害者)」としての側面だけではない、日本の極めて重く暗い歴史を振り返ります。1923年9月1日、マグニチュード7.9の関東大震災が発災しました。死者・行方不明者は約10万5千人に達し、関東一帯の大地が激動し、東京は火の海になりました。突然起こった惨禍に人々は動揺し、流言蜚語が発生。「朝鮮人が暴動を起こす。火をつける」というデマにより、多くの朝鮮人が虐殺されました。
江馬修『羊の怒る時――関東大震災の三日間』(ちくま文庫)は、作家自らの衝撃的な体験をもとに書かれ、震災の翌年から連載が開始された貴重な記録文学。こちらでは、小説家の木村友祐さんが寄せてくださった書評をご紹介します。極度の不安のなかでデマが「事実」のように広がり、差別や暴力へ結びつく危険。災害に直面した「社会」が何をするか、最後に問いかけたいと思います。
はたして二日目に入り、朝鮮人が放火して歩いているらしいという噂が人づてに入ってくると、初めは半信半疑で噂していたのが、突如警鐘が打ち鳴らされ、在郷軍人が走り回って朝鮮人の蜂起に対して警戒を呼びかけるうちに、ありもしないことが雪だるま式に動かぬ「現実」へと変化していく。(「関東大震災から100年、朝鮮人虐殺を描く衝撃の記録文学が待望の文庫化『羊の怒る時』」より)
単に「デマが流れた」という結果ではなく、疑わしい噂が、人から人へ、さらに権威を伴う情報へと変化することで「現実」になってしまうプロセスが見えてきます。
もしぼくがその場にいたら、と思う。「情報」の真偽をたしかめるすべがない中で、会う人会う人に朝鮮人の犯行のことを真顔で言われ続けたら、いつまでも否定できただろうか?(中略)
本作を読むと、「事実とは何か」「自分の信じている現実とは何か」を考えざるをえない。今はSNSがあるから大丈夫? でもぼくらは、手軽に拡散するSNSの情報が正確なのか、逐一調べていない。また、危機感を煽って軍備増強を進める政府の言い分をマスメディアが無批判に垂れ流す今は、知るべき情報が入らなかった当時とさほど変わらないのではないか。
作品の後半、虐殺を免れた鄭君が学業をあきらめて東京を去ることが伝えられる。自分たち民族は「結局は奴隷にされてしまうのだろう」と絶望する姿が痛ましい。第二次世界大戦による敗戦後、朝鮮人や台湾人など旧植民地出身者を監視・管理することから始まった出入国管理制度は今も健在であり、最近も難民の排除を強めた改定入管法が国会で成立した。
本作を通し、興味津々に過去をのぞき込んでいたつもりが、いつしか逆に、過去のほうから現在を鋭く見つめ返された心地になる。百年前、ぼくら日本人が起こしたあの惨禍から、どれだけこの国と人々は変わったといえるのかと。(「関東大震災から100年、朝鮮人虐殺を描く衝撃の記録文学が待望の文庫化『羊の怒る時』」より)
作家・江馬修は、自らが見聞きした震災直後の3日間を克明に記録していました。評者・木村さんは、情報の真偽を見極めることの難しさと、現代に通じる問いを読み取ります。「自分ならどうしたか」、我が身に引き戻し考えること。歴史上の特殊な事件として終わらせず、今、ここにある問題として捉え直すこと。災害時のデマや流言が人々の不安と結びついたとき、何が起こりうるのか。情報が瞬時に拡散する現代だからこそ、改めて考えたい視点です。
今回の記事でお伝えしたかったことは、単に「地震や豪雨にどう備えるか」だけではありません。災害について正しく知り、備え、命と暮らしを支え、その経験を語り継ぐこと。「災害列島」に暮らす私たちが、いかに共に生き延びていくか。改めて考えるきっかけになればと思います。