【谷原店長のオススメ】 坂上暁仁「神田ごくら町職人ばなし」 仕事に向き合う心意気を描ききる
木を削り、鋼を打ち、布を染め、畳を刺し、壁を塗る。坂上暁仁さんの漫画『神田ごくら町職人ばなし』に登場するのは、桶(おけ)職人、刀鍛冶(かじ)、紺屋(こうや)、畳刺し、左官、建具屋といった、江戸・神田の町に暮らし、ものづくりに生きる人々です。派手な英雄たちが活躍する時代劇とは異なって、ここの主人公は名もなき職人たち。その手元を、驚くほど緻密な筆致で追いながら、ひとつのものが出来上がるまでの時間、そして、その仕事に命を懸ける人間の意地を描いていきます。
まず、何よりも強く惹(ひ)かれるのは、作者の坂上さんの描く絵! 「心血を注いで描き切った」という言葉がふさわしいほどで、一度見たらきっと度肝を抜かれると思います。とにかく、おそろしいほどに細かく、丹念に、そして大胆に描き込む。ひとコマひとコマから、職人の彼らが手仕事に注ぎ込む思いと同時に、作者の坂上さん自身が注ぎ込む熱気がリンクして伝わってくるのです。
そんな背景の中で『トッキュー!!』などで有名な漫画家・久保ミツロウさんの絵柄をどこか感じさせるキャラクターが生き生きと描かれてます。
登場する職人たちは皆、それぞれに悩みや葛藤を抱えています。
たとえば、紺屋で働く若い女性は、華やかな友禅に心を奪われ、地味な藍染めの自分の仕事に迷いを感じます。けれども、藍染めの名品を見せてもらうことで、自分の仕事に対する誇りを取り戻していく。藍には、友禅とはまた違った美しさがあることに気づきます。
刀鍛冶の物語では、自分が打った刀によって町内の子どもの命が奪われてしまったことを知り、人として、職人として、刀づくりに関わることの心構えを深くえぐられます。それでも彼は自分の仕事とまっすぐに向き合い、一本の刀を打っていく。鎮魂なのか、弔いなのか、その深い心の内まで推し量ることはできませんが、ふだんの3倍もの量の「玉鋼(たまはがね)」を使って、刀を打っていくのです。えりすぐりの鋼を熱し、鍛錬し、不純物をはじき出す。コンキンコンキンコンキン、コンキンコンキンコンキン、彼はひたすら鋼を鍛え続けます。
「この刀は純な鋼だけでつくりたいんだ
芯鋼も入れない
(中略)
金や仕事なんざどうだっていい」『神田ごくら町職人ばなし』刀鍛冶 より
「どうだっていい」。この言葉には、「大切なのは心意気だ」との思いがこもっているのかも知れません。
とある武家屋敷――。旗本侍が刀の切れ味を確かめるために、人間の死体を、一度にいくつ、たたき斬れるかを試している場面に移ります。刀鍛冶の彼が完成させた、あの刀を、旗本侍が試し切りしようとします。侍が刀を手に取った瞬間、あるイメージの絵が一瞬、挟み込まれます。これまでの物語の展開とは、およそ異なる、あえて言葉を選ばずに言うならば「グロテスク」な絵。僕はこの瞬間、作家・坂上さんの考えの根底にある狂気を垣間見た気がしました。
仕事にかける、戦慄(せんりつ)を覚えるようなほどの強い矜持(きょうじ)。仕事を成し遂げるためには、ここまで強い意志がなければいけないのか――。そんなメッセージが、第2巻のストーリーではさらに強まっていきます。建具屋の職人・惣次(そうじ)が主人公。腕だけは達者でも、うだつの上がらない、あまり自分の仕事に対して打ち込めない職人です。そんな彼に、親方は嘆きます。
「晩のうちに刃物の支度をしておけと何度言わせんだオメーは
どうせまた博打(ばくち)で夜更かししてきたんだろう、惣次
オレはナカマの寄合(よりあい)に行ってくるからな
意気地(いきじ)のねえ職人は ウチに置かねえから そう思え」『神田ごくら町職人ばなし 二』 建具屋 一 より
そんな惣次が、あることをきっかけに、極限の状態に追い詰められます。自らの仕事で、相手を満足させない限り、自らの命を奪われてしまう。そんなギリギリの状況に置かれ、四苦八苦しながら、仕事に励むうちに、惣次は、職人としての「意気地(いきじ)」とは何かを、自分で見つけ、生き方を見いだしていきます。物語には、人の生死をめぐる厳しい描写が出てきます。ここもじつに「グロテスク」。このあたりからは、単純にこの物語のことを「江戸の職人って、粋だったんだね」なんて安易な言葉だけで片付けられない、重い展開が繰り広げられます。この時代の命が、いかに軽かったか、改めて気づかされます。そして時は流れ、師匠である親方と惣次はどうなったのか……。
登場する職人たちは皆、自分の身を投げ打ってでも到達したい何かに向かって、ひたむきに進んでいく。その姿には、経済や効率が優先される現代とはまったく異なった凄(すご)みがあります。もちろん、今の時代、「オレだって仕事に命をかけているよ」という人はいるでしょう。ただ、現代人は、生き方の選択肢が彼らの時代と比べ飛躍的に増えた一方で、いろいろな規範や社会常識、家族や仕事仲間を含む人間関係と言った、あえて言うなら「檻(おり)」で自らを囲ってしまっている。そして多すぎる情報は時に人をブレーキをかけます。
ひるがえって、身分制度が存在し、できることが今よりもずっと限定されていた江戸時代において、ここで描かれる職人たちの全員が全員、自分の望むように生きられているわけがありません。それでも、現代を生きる僕たちに強烈なメッセージを伝えている気がします。「その仕事に、その人生に、おまえは心血を注いでいるか?」
作者の坂上さんは1994年生まれだそうです。なんとまだ30代前半! その若さで、江戸の職人の生業、心意気を、よくぞここまで描き切りますね。第1巻、第2巻を通し、もっとも象徴的だと感じるのは、材木問屋を見開きいっぱいに描いた場面。この1枚に、坂上さんはいったいどれだけの労力と時間を注ぎ込んだのでしょうか。心を揺さぶられ、深い感銘を覚えつつ、同時に、ゾッとするような戦慄も覚えます。第2巻ではほかにも、魚眼レンズで眺めたように建物を大きく変形させ、人物の心象を表現する場面があります。坂上さんの絵による表現が、ますます深みを増していきます。
この物語を読むうちに、坂上さん自身もまた「職人」なのだと思えてきます。漫画を描く職人だからこそ、作中の職人たちが仕事に丹精を込める姿と、坂上さんが描いた絵とがオーバーラップしていく。職人として大事なもの、それ以上に、人として大事なものとは――。江戸の町を生きた彼らから、地続きの現代日本に生きる僕らは問われているのです。
江戸の町に生きる人々の息づかいが伝わる作品といえば、杉浦日向子さんの『百日紅(さるすべり)』(筑摩書房)は、浮世絵師・葛飾北斎と、絵師として生きる娘・お栄らの日常を描いた杉浦さんの代表作。人々の恋や暮らし、絵師たちの仕事ぶりを、洒脱な筆致で描き出しています。師弟を描いた作品としては、山田芳裕さんによる『へうげもの』(講談社)もぜひ。戦国武将・古田織部が、千利休との師弟関係を通じて茶の湯と「数寄」の道を究めていく物語。師を敬いながらも、やがて自らの美意識を切り開いていく織部の姿を描いています。師から弟子、そして弟子の自立。その関係性も読みどころです。(構成・加賀直樹)