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【谷原店長のオススメ】 山田五郎「世界一やばい西洋絵画の見方入門」 好きなものを面白がって伝える楽しさ

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 山田五郎さんが亡くなってしまいました。担当してくださるスタイリストさんが一緒で、お会いした時にはお話しする機会が何度かありました。五郎さんは、絵画だけでなく、時計、ファッション、建築など、僕自身が好きで関心を抱いてきた分野にも幅広く精通されていた方です。いつかじっくりお話をうかがいたいと思っていたのですが、それがかなわないまま、「出没! アド街ック天国」(テレビ東京系)で共演したのが最後になってしまいました。

 五郎さんの知識の広さと深さにはいつも驚かされますが、何よりも魅力的なのは、その知識を決してひけらかさないところです。広く書物を読み、「博覧強記」という言葉がぴったりの方であるのに、お話を聞いていると、なんだか、物知りな親類のおじさんが自分の好きなことを面白がって教えてくれているような気持ちになるのです。洒脱で、語り口も滑らか。カルチャー寄りの独特の存在感が僕は大好きです。

 今回ご紹介するのは、そんな五郎さんが、YouTubeの人気動画「オトナの教養講座」で語ってこられた西洋美術の世界を、書籍として楽しめる一冊です。僕自身、「オトナの教養講座」をずっと楽しみに観てきました。その五郎さんの魅力が詰まった動画の内容が、本にまとめられたことで、ページを戻したり、読み比べたりしながら、一つひとつの説明や図版をじっくり確かめることができるようになりました。膨大な情報を凝縮しているからこそ、歴史の筋道がより腑(ふ)に落ちるように感じられるのです。「まとめ上げる」、その力量もすごい。さすが、講談社の元編集長だけありますよね。

 美術に触れようとするとき、たとえば美術館に行けば、その人の生い立ち、作品の背景、人との交流などをうかがい知ることはできます。でもこの本は、それだけではありません。ここに五郎さんの「面白解釈」が加わることで、どこか高尚だった絵の世界が身近に感じられるのです。たとえば、絵画「果物籠(かご)を持つ少年」などで知られる、イタリア・ミラノ生まれの画家・カラヴァッジョ。

その男、粗暴につき
 人呼んで「人殺しの画家」。若い頃からヤンチャで、やらかしまくっていました。21歳の時に警官を傷つけて故郷ミラノを出奔。ローマで人気画家の工房に入り込み、主に植物や果物を描きました。当時描いた静物画は、後にイタリアのお札にも使われています。
(中略)
 ローマ教皇に次ぐカトリック教会の要職・枢機卿が悪業(あくぎょう)をもみ消してくれるため、カラヴァッジョはますますやりたい放題。
(中略)
 そして1600年、彼は《聖マタイの召命》でバロック絵画の幕を開け、ローマ画壇の頂点に上りつめます。激しい明暗対比と劇的表現は「カラヴァジェスキ」と呼ばれるフォロワーを続出させ、ローマに修業に来る各国の画家を通じて全欧に広まりました。
 けれども、調子に乗って悪業の方も頂点に。顔が知られるようになったせいか毎年のように逮捕され、1606年にはついに殺人までやらかして逃亡を余儀なくされるのです。 『世界一やばい西洋絵画の見方入門』より

 もう、むちゃくちゃ破天荒な人生。彼を取り巻く「ざっくり人物相関図」も載っています。たとえば彼は、デル・モンテ枢機卿に対し、美少年の絵を描く。その代わり、枢機卿は彼のパトロンとなる。フェルメール、ルーベンス、ガリレオ・ガリレイ……教科書で学んだ数々の名前が、交流や影響関係を通じてつながっていく。カラヴァッジョが当時、唯一無二の存在であったことがわかります。

 あるいは、「盛期ルネサンスの両雄」と称される、ダ・ヴィンチとミケランジェロ。実はその片方は「一緒にしてほしくない!」と思っていた……などなど。こういう人間模様を眺めていると、古典絵画を鑑賞する際に、がぜん興味が増してくる気がします。現代から眺めているだけでは見えてこない、同時代を生きていた芸術家たちの思惑が、息づかいが感じられるように浮かび上がってくるのです。

 ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》が名画と呼ばれる理由、《落穂拾い》に垣間見る農民画家ミレーの葛藤、ゴッホの「耳切り事件」の真相――。改めてじっくり読み返したいトピックがどっさり。ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》の章なんて、「なぜ戦場でおっぱい丸出し?」というタイトルがつけられています。1830年に起きた「七月革命」を描いた作品ですが、なぜ禁欲主義のキリスト教文化であるはずなのに、西洋絵画が女性の裸だらけなのか。

 聖書や神話の登場人物、つまり架空の存在だからエロくないとする口実が許されたからにほかなりません。それをいいことに「女神だから裸」と何百年も言い訳し続けるうちに、いつの間にか「裸だから女神」へと因果関係が逆転してしまったというわけです。(同)

 西洋文化の矛盾、見つけ出された抜け穴。そんな宗教的な視点を持たないことにはわからないことが腑に落ちてくるのです。日本の封建時代も、宗教の力はとても強かったと思うのですが、さらに当時のヨーロッパは輪をかけて民衆への縛りも含め、宗教観、宗教世界というものが社会において強い力を持っていたのでしょう。

 偉大な画家たちにも、嫉妬や葛藤があり、複雑な人間関係があった。同じ時代を生きた生身の人間だった。「何百億円もの価値がある」などと、高いところにまつり上げられた絵画を、僕たちと同じ目線に引き寄せ、肩ひじ張らずに楽しませてくれる。それが五郎さんの本の素晴らしさです。

 本書でも触れられているミレイの《オフィーリア》には、僕も特別な思い出があります。ドラマ『償い』の撮影で、監督からあの絵のようなイメージを求められ、冬の川崎の川に身を沈めたことがあるのです。画面ではきれいに見えるかもしれませんが、実際にはかなり臭い川でした……。でも、過酷な撮影であればあるほど、あとになってなぜか大切な思い出になるものです。

 信仰をお持ちだった五郎さんご自身とキリスト教との関わりも、僕には興味深いものでした。絵画への関心が先だったのか、信仰との関わりが先だったのか、僕にはわかりません。ただ、西洋美術の奥にある宗教や社会の背景を知ることで、絵を見る楽しみは確実に深くなります。

 ふだん本や記事を読んでいると、知らない言葉が出てきても、文章全体の意味がつかめれば、そのまま読み進めてしまうことがありますよね。でも五郎さんの本に触れると、そこで一度立ち止まって、「これはどういうことだろう?」と細部まで確かめることがどれだけ大切か、思い知らされます。

 もっともっと五郎さんのお話をうかがいたかった。でも、こうして本を開けば、五郎さんが面白がっていた世界をたどり、対話することができる気がするのです。

あわせて読みたい

 五郎さんから、腕時計についての著書『機械式時計大全』(講談社)をいただいたことがあります。この本も本当に面白かった。ただ、時計に興味のない方には、いささか専門的過ぎるように感じられるかも知れません。

 僕は昔から時計のブランドやデザインが好きでした。でも、「時計の機械にとって一番の問題は何か?」と聞かれても、すぐには答えられない人がほとんどでしょう。五郎さんは、それを「摩擦」だと明快に説明してくれました。摩擦は、ゼンマイの力を消費し、精度や耐久性にも関わります。そして、時計の動きを制御する部品「脱進機」が、機械の最も重要な部分。チックタック、チックタック動く部品です。これまで、ぼんやりとしていたことが、一つの仕組みとして理解できるようになります。

 若い頃は、厚みがあって存在感のある大きな時計が好きだったのですが、今はむしろ、薄くてコンパクトなドレスウォッチにひかれます。でも、ゼンマイを薄くすれば、そのぶん力との兼ね合いが生まれ、部品を増やせば耐久性とのバランスも問われる。ケースの側面を鏡面仕上げにするか、ヘアライン仕上げにするか、「ブレゲ」のようなコインエッジにするか。それによっても、厚さの印象がまるで変わってきます。時計を実際に並べてみると、そのわずかな違いがじつに面白いのです。機械と意匠の両方に作り手の工夫があることを知ると、時計を見る目が変わっていきます。

 あともう1冊、五郎さんの本を紹介するなら『銀座のすし』(文春文庫、現在は品切れ)も面白い本です。50代になってから自腹で回ったお寿司屋さんのルポ。なかには錚々(そうそう)たる名店も登場しますが、いまは閉業になっているお店も多く、もう行くことができないのが残念です。

 ……今回は「あわせて読みたい」の文章が、だいぶ長くなってしまいました。ついつい語りたくなるんですよね。美術でも時計でも、知識はそれ自体を誇るためにあるのではなく、目の前のものをもっと面白がるためにある。五郎さんは、その楽しさを自然に伝えてくれた気がします。時計の本、お寿司屋さんをめぐった本、どちらからも、五郎さんの好奇心の幅広さが改めて感じられます。(構成・加賀直樹)