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「SPICEUPの作りたくなる日々のつまみ」料理家・桑原亮子さんがお酒の“つまみ”で彩る「明るい食卓」とは?

お酒好きのチームから生まれた「つまみ」の本

━━「予約の取れない料理教室」シリーズは3冊目になります。新刊のテーマが「つまみ」になったのは、どのような経緯からですか?

 ありがたいことに、2024年に初めての本『予約の取れない料理教室 SPICEUPの作りたくなる日々のごはん』を出してからシリーズ化していただきました。1冊目は料理教室のベストレシピ、2冊目は基本のたれ4つと、その組み合わせで味を構築する本です。そして3冊目が「つまみ」の本(笑)。

 私の本は、編集者やライターのみなさんと企画を徹底的に考えるんです。企画会議だけで10時間以上。それに加えて、撮影が終わると、なぜか5日間ほぼ毎日打ち上げをする(笑)。私自身、人をアトリエに招いて飲むのが好きですし、そうしたライフスタイルにも合うのでは、という話からつまみに決まりました。お酒好きのチームから生まれた本ですね。これまで一緒に作ってきた楽しさが詰まった、ある意味では集大成かもしれません。

━━つまみは、お酒を飲むのが好きなメンバーみんなの総意だったんですね。本の中には、実際の打ち上げから生まれた料理もありますか?

 「じゃがいもとじゃこの炒め物」や「スパイスポテトフライ」は、スタッフにとても好評だったものです。スパイスポテトフライは、じゃがいもを炒めて、パプリカパウダー、カレー粉、塩、砂糖であえるだけ。撮影後も、冷蔵庫にあるシンプルな材料でつまみを作って、みんなで飲んでいました。飲んだあとのシメには、スタッフが決まってカレーを食べたがるので、最後にカレーのレシピも入れています。サバ缶を煮てバジルを散らすだけの手軽なカレーが人気。まさに飲み会から生まれた一品です(笑)。

━━桑原さんにとって、つまみとはどんな料理でしょうか?

 おいしくて、お酒に合うことはもちろんですが、会話が生まれる料理がいいですね。
 私は、食卓がぱっと華やいで、元気になれるようなものが好きです。「まぐろの香味野菜あえ」なら、まぐろとアボカドの赤と緑がきれいですし、「ぶり梅」は仕上げに梅干しをのせると赤がかわいい。ほんの少しの心遣いが、次の日の元気につながる気がするんです。1日の終わりに、ちょっとした楽しさがあることは大切ですよね。誰かにとっても、自分にとっても。

━━酒のつまみにとどまらず、“ご飯のおかずにもなる”レシピを意識したとか。つまみとおかずに境界線はありますか?

 私は基本的に、どれもご飯に合うと思っています。日本酒だって、もとはお米ですし。アトリエにはお子さん連れの方も来るので、おにぎりの隣に置いても違和感がないことは、レシピを考えるうえで一つの軸になりました。つまみだからと味を濃くしたり、量を少なくしたりはしていません。簡単に作れて気軽につまめるけれど、食卓の一品としても成立する。お酒を飲まない方にも楽しんでもらえる本にしたかったんです。

簡単でも「学びになるひと手間」を

━━新刊について「ただのつまみ本じゃない」とSNSで発信していました。どんな思いを込めたのでしょうか?

 簡単そうに見えても、何か一つ、料理の学びになる工程を入れています。たとえば「白麻婆豆腐」は、ひき肉を水から煮てだしを引き出す。「塩から揚げ」は、鶏肉に水分を加えてから小麦粉をまぶすとダマができますが、そのあと片栗粉を振って揚げることで、そのダマがカリッとした食感になります。

 手を抜いていいところは抜く。でも、抜いてはいけないところは抜かない。簡単な手順だけど、ふだんの料理で大切にしていることを、レシピにきちんと入れ込みました。

━━レシピには、桑原さんならではの遊び心や、意外な素材の組み合わせも目立ちます。

 見たときに、「私のレシピだ」とわかるものにしたいんです。おいしいことは大前提ですが、誰が考え、誰が作ったのかが伝わることも大切。私はあまのじゃくなので、流行っているから作りたい、とはあまり思わなくて(笑)。その人ならではの視点や遊び心があると、料理はもっと面白くなると思っているので、一般的な「レバにら」も、私なりの視点で創った「レバーのにらがけ」を提案したり。

 意外な組み合わせでいえば、たとえば「きゅうりの山椒マヨネーズあえ」は、マヨネーズと牛乳、山椒という少しトリッキーな組み合わせも(笑)。山椒はクリーミーなものと合わせると刺激がやわらぎ、香りを楽しみやすくなります。

━━「かまぼことレモンのあえもの」も、身近な食材の見え方が変わる一品でした。かまぼこはどうしても「料理にならない」というのが悩みだったので(笑)。

 板付きのかまぼこを薄く切ると、花びらのようにひらひらして、意外なほど美しいし、レモンともよく合います。白いかまぼことレモンの黄色で、不思議とかまぼことは思えない洗練された料理になる。ピンクだとかまぼこらしさが強く出るので、ぜひ白で作ってくださいね(笑)。試食した編集者が気に入って、撮影中に「このレシピも入れたい」と加わった料理の一つです。

原点は「明るい食卓」への憧れ

━━桑原さんが料理を好きになった原点を教えてください。

 じつは母も祖母も料理が得意なほうではなくて、子どもの頃から「おいしさって何だろう?」と疑問を持っていました。卵焼きの焦げた面が後ろに隠されていたり、法事でもらったお弁当の残りが一品として出てきたり、「これを一品と捉えるの!?」と思いながら食べていました(笑)。それで、小学校2年生くらいの頃に、自分で作ってみようと思ったんです。

 高校生になると、友達を招いてビーフシチューを振る舞ったり、父の上司の家で教えてもらったマドレーヌを焼いて学校へ持っていったりしました。新しいことを知り、試すことが本当に楽しかった。料理は、経験を重ねるほど自由になれるんですよね。親子丼の卵を入れるタイミングも、シチューのルーを加えるタイミングも、自分で試して初めて身につく。その積み重ねが、今のレシピにもつながっています。

━━料理を通して人を家に招くことにも、幼い頃から憧れがあったのでしょうか?

 そうですね。両親が共働きだったので、子どものころは祖母の家に預けられている時間が長くて、家の中もなんとなく静かで暗かったり。不自由はなかったけれど、食事の時間があまり楽しくなかったんです。だからなのか、明るい食卓にずっと憧れていたんですね。明るい食卓への憧れが、今も私のモチベーションの根にあるのかもしれません。

━━もともとは翻訳の仕事をされていました。そこから料理教室「SPICEUP」を始めたきっかけは?

 22歳で第一子、24歳で第二子を出産しました。子育てだけでなく何かしたいと思い、英語なら育児の合間でも学べるのではと勉強を始めて、24歳で英検1級を取得。その後、翻訳の資格も取り、26歳で特許事務所に就職して翻訳の仕事に就きました。30歳で第三子が生まれて専業主婦になりましたが、その間も週末には夫や自分の友人を呼び、ホームパーティーをしていました。

 そんな頃、通訳ボランティアで知り合ったのが、南インド出身のプリアです。彼女にインド料理を習ううちに、「料理教室をやってみたい」と言われて、私は翻訳や運営のサポート役として始めました。ベジタリアンの彼女から、南インドの家庭料理を学べたことも面白かったですね。当時はスパイス料理がいまほど身近ではなかったですし、豆の使い方や植物の樹木からできた「ヒング」というスパイスなど新鮮でした。1年ほどでプリアが帰国してしまったあとも、せっかく始めたのだからと、自宅で料理教室を続けることにしたんです。

━━「SPICEUP」という名前には、どんな思いが込められていますか?

 最初は、プリアから「大阪スパイスは?」という案が出たんです(笑)。スパイスという言葉は入れたい。でも「大阪」ではなく、「スパイスで元気に」という明るいイメージから、「アップ」を付けました。わりと軽やかに決まった名前が、ここまで続いています(笑)。名前の通り、スパイスとハーブは今も料理の軸で、そこに加えて、“旬”を大切にしています。

━━現在は東京と大阪の二拠点で教室を開いています。どのように広がっていったのでしょう。

 大阪では口コミで広がり、テレビのドキュメンタリー番組などメディアに取り上げていただく機会も増えました。半年ほどで自宅マンションを出てアトリエを構え、手狭になると、さらに広い場所へ移転しました。

 東京では月に一度、レンタルキッチンで教室を開いていたのですが、好評をいただき、東京にもアトリエを作ることに。10年通ってくださる生徒さんもいますし、大阪の生徒さんが転勤後も東京の教室へ通ってくださることもあって、感謝しかないですね。

一皿の小さな変化が、日々を明るくする

━━桑原さんは、本作りでも教室でも、人と一緒に食べ、話す時間を大切にしていますよね。

 料理は、みんなで楽しい時間を共有するものだと思っています。いいものを作るためには、私が何を好きなのか知ってほしいし、相手が何を好きなのかも知りたい。なれ合いではなく、お互いの人柄や世界観を共有することが、チームでものを作ることにつながるのだと思います。

 料理家は一人で作業し、自分の内側と向き合う時間が多い仕事です。でも、その内側を満たしてくれるのは、誰かとの会話や、外から受け取るインスピレーション。人と話すことで心が動き、自分の考えが整理されることもあります。この本が、「この料理を作って、あの人を招いてみよう」と思うきっかけになったらうれしいですね。

━━この本を手に取った方には、まずどの料理を作ってほしいですか?

 まずは「爆速つまみ」がおすすめです。野菜のつまみもいいですし、「白麻婆豆腐」と「塩から揚げ」のページも気に入っています。料理はファッションやデザインと同じように、素材の組み合わせが大切です。「これとこれが合うんだ」という発見を楽しんでもらいたいですね。

 私にとってレシピは、考え方を伝えるメモのようなもの。そこに、おいしくなる工夫や理屈を込めています。一度作れば、その経験が自分のメソッドになり、次は好きなようにアレンジできる。レシピを入り口に、料理する自由を手にしてもらえたらと思います。

━━つまみを作り、家で飲む時間が、読者にとってどんな時間になったらうれしいですか?

 食の時間は、できれば楽しいものであってほしいと思っています。もちろん、楽しくない日があってもいいし、適当な日があってもいい。でも、「昨日は楽しかったな」「おいしかったな」と思い出せる時間があると、日々が少し豊かになる気がするんです。

 私自身も毎日ばたばたしていますし、しょうもない一日だってあります(笑)。でも、一人で晩酌するとき、いつもなら適当に済ませるところで、ちょっとしたつまみを作ってみる。それだけで「なんだか豊かだな」と感じられるかもしれない。大きなことを変えようとするのではなく、小さなことを少しずつ変えていく。その「やってよかった」の積み重ねで、日々が明るく、楽しくなっていくんじゃないかなと思います。