饒舌な執事に戸惑いながらも小説の味わい伝える
――老執事が主人公の『日の名残り』。えすとえむさんにぴったりな作品だと感じましたが、コミカライズを手掛けることになった経緯は?
編集者から「カズオ・イシグロさんの小説でコミカライズしてみたい作品はありますか」と聞かれて、『日の名残り』と答えたのがはじまりです。もともとアンソニー・ホプキンスが主演した映画版(1993年公開。ジェームズ・アイヴォリー監督)が好きだったんです。小説も読んでいましたが、映画とはまた印象が違って面白さを感じていました。ただ、いざ自分でマンガにしようと思って小説に向かい合うと、一人称の圧倒的なセリフ量を前に、「私はどうしたらいいんだろう」と途方にくれました(笑)。
――原作は、一人称のいわゆる「信頼できない語り手」という技法を使った傑作としても知られています。スティーブンスの饒舌な語りを読み進めるうちに、徐々に彼の置かれている状況がわかっていくという構成です。
原作のおもしろさは、情報の揺らぎにあると感じています。スティーブンスは言葉を重ねて筋の通ったことを言っているように見えるんですが、彼の立ち位置がずっと定まっているかといえばそうではない。
圧倒的な情報量をどう圧縮し、マンガ的なコマに落とし込むかが難しくて、苦心しています。モノローグや文字量をできるだけ減らしつつも、ストーリーと味わいをどう伝えるか。マンガから『日の名残り』に触れる読者の方もいらっしゃると思うので、マンガならではの表現でできるだけわかりやすく、とっつきやすくしたいと思ってがんばっています。
――原作者のカズオ・イシグロさんとはやりとりをなさっているんでしょうか。
直接やりとりはしていませんが、第1話を描いた際に早川書房編集部が英訳してイシグロ氏に送ってくださって、メールで感想をいただきました。「控えめながらもユーモアが効いていて、スティーブンスの人物像はすでに胸に迫るものがあります。とりわけ、人気のない屋敷の中を歩き回るときの歩きぶりが非常に表情豊かですし、誰かが冗談を言っているのを聞く場面で、ほとんど無表情の彼の顔だけを映した無言のコマを使うなど、演出も実に巧みです。現時点ですでに、非常に将来性を感じさせる作品だと思います」というお言葉に、思わず「ひゃー」と。すごく光栄でした。ちなみにこのメールも私のために編集部が日本語訳してくださったんですが、「早川書房の海外文学の文体だ!」と思いました(笑)。
そんなわけでコミカライズについては自由に描かせていただいています。と言っても自由に描くのが非常に難しい作品なのですが、原作のエピソードを丁寧に追っていけばなんとかなるはずだと信じて、えっちらおっちらやっています。……本当に今はいっぱいいっぱいです!
英国の空気感を求めて、背景までひとりで
――マンガ版ならではと感じるのは、イギリスらしい建物や風景の描写ですね。読んでいると、旅をしているような気分になります。
私は描く前に旅行がてら現地に行きたいほうなので、今回もひとりでイギリスに行きました。スティーブンスの旅路を4~5日かけてたどったんです。ふだんはスペインやイタリアに足を運ぶことが多いんですが、光の見え方が全然違うんですよね。スペインなんかだと陰影が強く、ものの境目やシルエットがはっきりわかります。イギリスは曇りが多いので、光がぼんやりしている。それが作品の曖昧さにもどこか通じている気がしました。雨天から急に晴れ間が出た時の、丘陵地の緑色が美しかったです。マンガなので色そのものは表現できませんが、あの空気感を描けたらなと思っています。
――1巻にも印象的な田園風景の見開きページがありましたね。ひょっとして、背景もご自身で描いているのでしょうか。
はい。『日の名残り』はほぼひとりで描いています。最初少しだけ人に手伝っていただいたんですが、この作品では背景もタッチを統一したくて、結局自分で描くことにしました。デジタルのつるっとした線ではなくひっかかりのある描線がほしくて、Gペンでひたすら描いています。回想と現在の違いをわかりやすく示すために、過去編でトーンを使わないというルールを設定したのは我ながらやっちまったと後悔しています(苦笑)。描いても描いても終わらない。
スティーブンスが働くダーリントン・ホールという邸宅をマンガで描くにあたって私がモデルにしたのは、オードリー・エンドというカントリーハウスです。内装はいろいろ組み合わせて描いていますが。イギリスではひたすら写真を撮っていました。
――スティーブンスという人物については描きながらどう感じますか。
変わった人ですよね。イギリスの貴族社会の「煮こごり」みたいなところもあって、自分は貴族ではないけれども、執事として貴族階級の人達を支えることを誇りにしている。どういう執事であるべきかという理想については滔々と語るけれど、じゃあなぜ彼が執事であることに誇りを求めているかという部分はぼんやりしている。煙に巻く感じがあって掴みきれないし、あれだけしゃべりながらも本人があまり自己開示をしていない。
マンガの1巻は、ダーリントン・ホールで副執事をしていた父親との関係が見どころになっていますが、やっぱり父親の世代は執事の価値を信じられる世代だったわけですよね。貴族が当たり前に存在し、それを支える執事も当然必要だという揺るぎない価値観があった。けれど、1920年代以降の執事であるスティーブンスの世代になると、階級制度自体がだいぶ揺らいでいる。そうした社会的な価値の揺らぎに対して、彼がかたくなに執事であろうとするところがおもしろい。彼自身が保身をしてしまう部分については「こういうことってあるよな」と感じますが、あまりに堂々と言い訳をしているので、共感はできないけれど興味深い人物だなと感じます。
――全3巻の予定とのことですが、今後の見どころを教えてください。
第2巻はスティーブンスにとっても一生忘れられない晩餐会が行われるので、やはりそこを見ていただきたいですね。このマンガは画面の平均年齢がすごく高くて、おじさんばかりをずっと描いている珍しい作品かもしれません。晩餐会は人数も多いので描き分けが大変ですが、描くのは楽しいです(笑)。今後、旅自体も大きく動きます。ミス・ケントンとの再会などもありますので、描くのが楽しみですね。
デビューから20年、読者を意識するように
――今年は画業20周年という記念すべき年でもありますね。おめでとうございます。デビュー作は、フラメンコダンサーのテオとハリウッドスター・ダレンの恋を描いたBL『ショーが跳ねたら逢いましょう』(東京漫画社、2006年)。スタイリッシュな画風は最初から印象的でした。逆に、この20年で変わったことがあれば教えてください。
デビューした時は京都精華大学大学院の1年生でした。当時いったんマンガ家志望ではなくなっていて、教育やイベントを通して社会とマンガをつなげるプロジェクトに関心を持っていたり、BD(※バンド・デシネの略。フランス語圏のマンガの総称)の文化にも興味があったのでフランスに留学したいと思っていました。編集者から声をかけていただき、商業BLについて何も知らないまま、デビューしてしまったんですよね。テーマ選びは自由にさせていただけたので、最初は本気で「自分が読みたいものを描けばいいや」と思っていたんです。当時のBLの懐の深さはすごいなと思います。まさかこんなに続けられるとも思っていなかったし、こんなに読者を意識するようになるとも思っていませんでした。そこが一番変わったところかもしれません。
――転機になった作品はありますか。
靴職人の青年が主人公の『IPPO』(集英社、2012年)です。掲載誌が途中で休刊してしまい青年誌に移ったことで、初めて読者をちゃんと意識しました。「大人の男性に読んでもらって爽快感を得てもらうには、どうすればいいんだろう?」と考えたりして。あの作品で読者に合わせて描くことを学んだかなと思います。
――「えすとえむ」という少し変わったペンネームの由来は?
本名があまりにも一般的な名前なので、逆に匿名性を追求しようと思ってイニシャルをそのままペンネームにしました。
――今後マンガ家としてやりたいことがあれば、教えてください。
チビチビ描きたいことはあるんですけど、まだ全然イメージが固まっていなくって……。でも、もうこのままマンガを描き続けられればそれでいいかな。描き続けたいだけで向こう50年どうにかなるほど、この業界は甘くないとも思いつつ。まずは、『日の名残り』のマンガ版を完成させます!