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本と生きる 下手でもいびつでも世界と対等 土門蘭

秋の読書推進月間「BOOK MEETS NEXT 2026」(10月24日~翌月23日)のオープニングイベントでは、作家の又吉直樹さん(右)、フリーアナウンサーの宇垣美里さん(中央)、声優の松風雅也さんのトークショーなどが開かれた=19日、石平道典撮影

 幼い頃から、生きるのが下手だと思っていた。みんなが自然にできることが、自分にはできない。周りになじめず、どこにいても不安で緊張する。子どもながらに変わらねばと思い、周囲を観察して人の振る舞いや発言などを真似(まね)した。正解は自分の中ではなく、他人の中にある。それを習得することが、上手に生きる方法だと思っていた。

緊張の糸が緩む

 中学生になった時、図書室で江國香織『きらきらひかる』(新潮文庫・605円)を見つけた。アルコールに依存する妻と、ゲイで恋人のいる夫……そんなあらすじを見て興味を持ったのだ。その小説を読んでいる間、自分が深く呼吸していることに気がついた。常時ピンと張っていた緊張の糸が緩むような。登場人物は皆、自分に忠実で孤独だった。生きづらそうだったけれど、勇敢で自由に見えた。私も、私のまま生きていいのだろうか? そう思うと心が少し軽くなった。それから熱心に本を読むようになった。

 数年後、アゴタ・クリストフ『悪童日記』(堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫・1320円)に出会った。感情を排除した容赦ない簡潔な文章に、衝撃を受けた。ハンガリー生まれの亡命者である著者が、非母語のフランス語で書いたことも理由としてあるのだろうが、それを超える明確な意志を感じた。この目でしっかり世界を見据え、すべて書いてやるのだという意志を。主人公の双子は戦争の動乱の中、生きるために様々な「練習」をし、どんな出来事も日記にしるす。誰に何を言われても、自分たちのやり方を曲げない。それが、この世界と対等に生きる唯一の方法だというように。私は、自分も彼らのように強くなりたいと思った。世界に呑(の)まれず、自分のまま存在できるようになりたい。そのあたりから、文章を書いて生きていきたいと思うようになった。

選択肢は「表現」

 大人になり、書くことが仕事になってからも、生きることへの不安や緊張は消えなかった。30代で受け始めたカウンセリングの中で、自分が自分を否定し続けていることに気づいたが、長年の癖はそう簡単になくならない。そんな中、赤坂真理『安全に狂う方法 アディクションから掴(つか)みとったこと』(医学書院・2200円)に出会った。赤坂氏は何かに依存することを「アディクション」と呼び、アディクション当事者としての経験を綴(つづ)っていた。彼女は「アディクションは多かれ少なかれ、自分でないものを生きることから来てい」ると述べる。その苦しみの出口としてアディクション行為に繫(つな)がるのだと。

 一読して驚いた。自分のことが書かれていると思ったからだ。私はずっと、自分はおかしいから矯正しなければいけないと思い努力し続けてきた。その反動でお酒に逃げることもあり、その度自己嫌悪に陥っていた。

 赤坂氏は、そうではない「安全に狂う方法」として、「表現」という選択肢を挙げた。自然な衝動、生命力そのものを発揮すること。人によっては音楽や絵画や踊りだったりするだろう。私の場合、やはり書くことだと思った。

 自分の書いた小説を振り返ると、優秀で立派な人物は一人も出てこない。だけど私は、どこか欠落した人物たちを愛を込めて書き続けていた。彼らは私であり、その愛は本から学んだものだった。

 あなたはあなたのままでいい。生きるのが下手でも、いびつでも醜くても、あなたは世界と対等だ。本を通して、私はそのメッセージを受け取っていた。

 私は正解を出せないが、表現することはできる。上手には生きられないが、自分のまま生きることができる。様々な本がその方法を教えてくれた。今度は自分がそんな本を作れたらと願っている。=朝日新聞2026年10月31日掲載