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朝鮮半島の近現代史を語ることは、日本の近現代史を語ること――『韓国について知っておきたい30のこと』(後編)

記事:平凡社

『韓国について知っておきたい30のこと』(真鍋祐子著)。1948年の大韓民国政府の樹立から現在までの韓国社会のあゆみを30の視点でたどる
『韓国について知っておきたい30のこと』(真鍋祐子著)。1948年の大韓民国政府の樹立から現在までの韓国社会のあゆみを30の視点でたどる

《前編はこちらから》

人びとの記憶をつなぐ歴史的な想像力

 日本でもたびたび報道される韓国の激しいデモや政治家の失脚は、なぜ起きるのでしょう? くり返される「既視感」の向こうに、人びとは何を見ているのでしょうか? 韓国の人びとがどのように歴史と向き合い、どのように民主化運動をとらえているのかを知るためにも、「12・3非常戒厳」をめぐるエピソードをもうひとつ紹介したいと思います。

 2014年に起きた大型旅客船セウォル号の沈没事故、そして朴パク槿ク恵ネ大統領の職権濫用や汚職に抗議する韓国市民が路上に出てデモを行い、大統領の弾劾につながったことを記憶している読者も多いと思います。毎週末の「ろうそくデモ」がはじまったきっかけのひとつは、2015年11月に、朴槿恵政権に抗議する決起大会に参加した68歳の農民運動家・白ペク南ナム基ギが警察の放水銃に撃たれて意識を失い、後に死亡した事件でした。

 ソウル中心部の光クァン化ファ門ムンで行われた、白南基を悼む葬儀のかたちをとった大規模なデモは、かつて警察が水平撃ちした催涙弾に頭部を直撃され死亡した李イ韓ハ烈ニョルという学生の死を悼んだ、1987年の6月民主抗争をなぞるかのようでした。一方でこのとき、白南基の出身地である全チョル羅ラ道ドの全域から農民たちが光化門をめざし、「全チョン琫ポン準ジュン闘争団」という幟のぼりをたてたトラクター部隊を走らせましたが、高速道路を降りたところで警察の封鎖にあい、引き返さざるをえませんでした。

 全琫準というのは、1894年に起こった甲午農民戦争(東学党の乱/朝鮮王朝に対する農民蜂起)を指導した人物であり、「緑豆将軍」のあだ名でも知られています。2019年のドラマ『緑豆の花』でも描かれていますが、ソウルをめざして「進軍」した農民軍は牛ウ禁グム峙チで近代的な装備をもった日本軍を前になすすべもなく大敗しました。

 朴槿恵政権下でデモに参加するためにソウルをめざしてひた走ったトラクター部隊の姿は、この遠い過去の歴史的記憶を呼び起こすものであり、同時に1980年の光州事件において戒厳軍に占拠された全チョン南ナム道庁(日本の県庁にあたります)をめざす市民軍がジープで隊列を組んだことを想起させるものでもありました。

 2024年12月の非常戒厳令の宣布というニュースを受け、大統領官邸をめざして再びくり出した農民たちは、京キョン畿ギ道ド果クァ川チョン市の南ナム泰テ嶺リョンの峠でまたしても警察に阻まれました。

 このとき「全琫準闘争団」が峠を無事に越えることができたのは、SNSで知らせを受けて集合した市民の力によるものでした。「牛禁峙の闘い(1894年11~12月)からちょうど130年が経ち、かつて全琫準らが越えられなかったソウルへの峠を、今こそ越えさせてみせようではないか」という歴史的想像力に、市民たちは突き動かされたのではないでしょうか。K-POPやトロット(韓国の大衆歌謡)など、世代を超えて愛される流行歌をともに歌いながら警察に圧力をかけ、職業も出身地も異なる人びとが力を合わせて道を開いたのです。かつて全琫準にひきいられて日本軍と戦った農民たちの悲劇は、光州事件という出来事を通して再定義され、今日の出来事が解釈されたと考えられます。

「BBC News Japan」YouTubeチャンネルより、尹錫悦大統領の辞任を求めて抗議活動を行う韓国市民の様子(2024年12月5日公開)

くり返されるカレンダー上の歴史

 同じような悲劇が起こるたびに過去の歴史が呼び起こされる。そうしたくり返しのなかで、少しずつ何かが変わっていく。韓国の現代史は、そんな人びとの想像力によって動かされてきたと私は感じます。それは年表に沿って一方向に向かっていく、大統領選挙やクーデターの詳細な記録によって刻まれる公の歴史とはちがいます。3月1日(3・1独立運動)、4月19日(4月革命)、5月18日(光州事件)、6月29日(民主化宣言)……。この本のなかには、たくさんの日付が登場します。もちろん、それは過去に起きた重要な事件の「記念日」ですが、韓国においてはそれらが独特の意味をもっていると感じます。

 日本でも8月15日は「終戦記念日」であり(韓国では「光復節」と呼びます)、そのことが毎年の新聞やテレビ、ラジオでも言及されます。しかしこの「終戦記念日」は歴史上のすでに終わった「不動の点」としてイメージされているように思えます。また、敗戦を「終戦」と呼びかえることで、戦争の責任主体が曖昧化されているようにも感じられます。そこには自分たちの歴史を内省し、再帰的に刷新していこうとする主体性が見いだされません。これに対して韓国における歴史的記念日は、その日が来るたびに再び歴史を動かす力をもつものとして、とらえられている。だから、人びとはその日に向けてデモを行ったり、追悼行事を行ったりして、過去を「再起動」させようとするのです。

 こういう韓国ならではの歴史に対する意識や感覚は、日本の多くの読者にとって馴染みのないものかもしれません。たとえば2022年に退任した文ムン在ジェ寅インが大統領だったころに語っていたつぎの言葉が、日本のテレビ番組で紹介されているのを観たことがあります。

 「2045年にはなんとか統一をめざしたい」

 この「統一」とは、南北に分断されている朝鮮半島の統一、つまり韓国と北朝鮮(韓国では一般的に「北プッ韓カン」と呼称します)の統一をさします。この発言に対して番組のコメンテーターが、「夢見る大統領」だと茶化していたのを忘れることができません。

 たしかに韓国のことをよく知らない人からすれば、何をまた夢物語をいっているのだろう、と感じられるかもしれません。しかし「過去の出来事を反復すること」が韓国の人たちを動かすエネルギーにもなっていることがわかれば、この言葉もちがった意味をもって聞こえてくるはずです。

 2045年というのは、1945年に大日本帝国の植民地支配が終わった解放から100年の節目にあたります。文在寅が語った「統一」とは、朝鮮半島の分断状況からの解放であり、アメリカや日本との同盟関係によってかたちを変えてつづいてきた新たな植民地主義からの解放を意味するのです。

 1945年の光復節の喜びを、もう一度実現するためにがんばろう。そんなメッセージは韓国の多くの人びとにとって腑に落ちるものであったはずです。それを茶化して笑いものにするというのは、失礼という言葉では足りません。

 ところで、民主化抗争のなかで拷問を受けて亡くなった朴パク鍾ジョン哲チョルの父・朴パク正ジョン基ギさんの日記を読んでいたところ、1995年8月の日記に「解放50周年を機に統一をめざす」という文脈で、「ヨベルの年」(韓国語の聖書では禧ヒ年ニョンと訳されています)に関する記述が出てきました。これは旧約聖書の『レビ記』に現れる用語で、「7年ごとの安息年が7回過ぎた後の50年目の年。負債の免除、奴隷の解放など社会的な自由と解放、平等が宣言される〈神の恩恵の年〉」という意味です。日記には「統トン一イル禧ヒ年ニョン」という言葉が記されており、それはつまり、「分断50年」が「統一」という神の祝福に転じる予祝の意味になります。朴正基さんは仏教徒ですが、87年1月に息子を亡くして以降、詩人で民主化運動家でもあった文ムン益イック煥ワン牧師が最大のメンターであり、その影響を色濃く受けている様子がうかがえるのです。最近、SNSで「禧年をともに」という名のキリスト教団体のページを見かけてフォローしましたが、解放=分断100年となる2045年をめざして、再度「ヨベルの年」を召喚しようとしていると見受けられます。カトリック教徒である文在寅の発言の背後には、50年とか100年といった節目の年という意味だけでなく、こうした聖書のコンテクストがあったのかもしれません。

植民地支配からの解放と南北分断、朝鮮戦争、済州4・3や光州事件、民主化運動、フェミニズム運動の高まり……韓国映画や文学でも描かれる現代史のできごとを、日本とのかかわりをまじえながら語る1冊
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朝鮮半島の近現代史を語ることは、日本の近現代史を語ること

 この本は、韓国の人びとがどのように歴史を認識し、記憶し、語っているのかに焦点をあてます。1948年の大韓民国政府の樹立から大まかな年代順に歴史をなぞりますが、しばしば話が前後したり、時系列が逆転したり、同じ出来事が何度も語られたりするでしょう。そうすることで、2024年の非常戒厳令のような事態がなぜくり返されたのか、より深い理解ができるのではないでしょうか。

 私自身も若いころ韓国に暮らし、韓国の文化を学びながらも、その歴史や政治について積極的に学んだり、考えたりすることを避けてきた時代がありました。けれども光州事件を知ることをきっかけに韓国の現代史を学びなおすことになりました。同じように、実は韓国でも多くの人が光州事件を通して、それまで語られなかった歴史を発見し、その意味を積極的に見いだしてきました。

 韓国の歴史を日本語で語るにあたり、もうひとつ強調したいことがあります。日本で生まれた私には、日米同盟下の東アジアという同じ地域秩序のもとに生きる人間として、それを「外国の歴史」として自国と切り離して語ることはできません。朝鮮半島の近現代史を語ることは、日本の近現代史を語ることでもあります。この本で語る韓国の歴史は、大日本帝国統治時代の圧倒的な影響をふまえ、在日朝鮮人の視点も大切にしながら、戦後の日本が朝鮮半島の歴史にどう介入してきたのかを強く意識したものになるでしょう。

*WEB掲載にあたり一部編集を行いました。

真鍋祐子『韓国について知っておきたい30のこと』(平凡社、2026年9月25日刊)
真鍋祐子『韓国について知っておきたい30のこと』(平凡社、2026年9月25日刊)

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