1. HOME
  2. 書評
  3. 「分断八〇年」書評 見えにくい現代史を複眼で辿る

「分断八〇年」書評 見えにくい現代史を複眼で辿る

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月22日
分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界 著者:徐 台教 出版社:集英社クリエイティブ ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784420310826
発売⽇: 2025/09/26
サイズ: 13.1×18.8cm/336p

「分断八〇年」 [著]徐台教

 スマホの画面に浮かんだのは「非常戒厳」を知らせるメッセージだった。著者は自宅を飛び出し、国会に向かった。
 冒頭で描かれるのは昨年末に韓国を震撼(しんかん)させた尹錫悦(ユン・ソンニョル)「大統領(当時)主導のクーデター騒ぎだ。
 危機感を持った者たちが、国会へ急ぐ。ある議員は車のライトを消して路地を駆け抜けた。戒厳軍による逮捕から逃れるためだった。合コンを楽しんでいた議員秘書官は鳴り続ける電話を無視していたが、飲み屋から慌ただしく出ていく人の姿を見て事態を悟った。そして多くの市民が駆けつけた。体を張って戒厳軍と対峙(たいじ)した。その姿に著者は「韓国の民主主義はこんな覚悟の上につくられてきたのだ」と理解する。
 動員された兵士たちも揺れていた。ある部隊は命令に背き、コンビニでカップ麺を食べながら時間を稼いだという。
 著者が国会前で目にした混乱と困惑、権力者への怒りは、激動の歴史を歩んだ韓国が辿(たど)り着いた先の風景でもあった。
 その場所から、本書は朝鮮半島の現代史を振り返る。南北分断開始からの80年――解放、朝鮮戦争、独裁、民主化といった今日までの年月は、韓国が民主主義を獲得するまでの道のりであり、南北統一の限界を知るための時間でもあった。
 日本もまた分断の責任を背負っていることに、著者は言及する。第2次大戦後、「日本への懲罰」として行われるべき分断が、大国の思惑により、日本の植民地であった朝鮮半島で行われた。その結果、朝鮮半島は新たな戦争の舞台となり、人々は地獄を味わった。一方、日本はその戦争を利用した「特需」で潤い、戦後復興に弾みをつける。日本は戦前からずっと朝鮮半島を踏み台にしてきた。
 群馬県出身の著者は在日コリアンとして育ち、今は韓国在住のジャーナリスト。近すぎて見えにくい現代史を複眼で辿る。自身の来歴にも触れながら、本書は民主主義の成熟を阻む分断の存在を冷静に映し出すのだ。
    ◇
ソ・テギョ 1978年生まれ。ジャーナリスト。在日コリアン3世で、99年からソウル在住。「コリア・フォーカス」編集長。