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「30歳からの韓国留学記」前田エマさんインタビュー 映画やドラマ、K-POP、小説に導かれ隣の国へ そこで得たもの、出会ったこととは

前田エマさん=篠塚ようこ撮影

コロナ禍、活気ある韓国のエンタメに癒やされて

――なぜ、韓国に関心を持ったのでしょう。

 2020年にコロナ禍が始まった頃、「愛の不時着」や「梨泰院クラス」などの韓国ドラマブームがありました。同時期には映画「パラサイト 半地下の家族」がカンヌでパルムドール(最高賞)を取ったり、BTSが米ビルボードで1位になったり韓国のエンタメが盛り上がっていました。当時は人に会うことやどこかへ行くことが制限された閉鎖的な雰囲気でしたが、私は韓国のカルチャーの活気に癒されました。

 韓国の映画や音楽、文学に触れていくうちに、その背景にある歴史や社会問題にも関心を持つようになりました。例えば、BTSの楽曲「Ma City」の歌詞は、光州事件(※1980年、全斗煥の軍事クーデターに抗議した学生ら市民による民主化運動。軍と衝突し、多くの死傷者が出た)を想起させます。そこで、光州事件を題材にしたハン・ガンの小説『少年が来る』も読みました。

BTS『Ma City』

 21年にはミャンマーでクーデターが起きました。そのとき、同じような歴史が繰り返されている様子をみて、40年前の光州事件と現在とが繋がっているように感じました。それに加え、コロナ禍を体験したことで、閉鎖的な環境のストレスからくる暴力性というのは、人間が根源的に持っているものなのだと思いました。そのように韓国の歴史をひとつ知っただけなのに、現在の社会問題への見え方や温度感が一気に変わったんです。一つの扉を開けたら、また知らない世界の扉が次々と現れるような感覚でした。

うまく人生を進められていない気がして「えい、行っちゃおう」と

――そして23年に語学留学とワーキングホリデーでソウルに滞在したそうですね。

 ちょうど30歳になる頃で、同世代の友人たちは転職したり、結婚したり、子どもを産んだりしていました。コロナ禍で思うように動けないこともあって、人生を足止めされているような、うまく進められていないような気がしていました。そんな中で、自分の心をもっと豊かにしたい、学びを広げたいと思った時に、韓国への興味が一つの道しるべのように思えたんです。それで「えい、行っちゃおう」と決めました。

――留学中は語学を学ぶだけでなく、本当にいろんなところに行っていますね。例えば、「5・18民主化運動記念日」に韓国南部の光州を旅しています。

 光州事件について知る中で、私は韓国の兵役についてすごく考えさせられました。兵役と聞くと、北朝鮮との間で有事があった時のためというイメージがありました。でも当時、兵役に就いていた青年たちは軍の命令によって、同じ国の市民を殺した。そのことにすごくショックを受けました。映画「ペパーミント・キャンディー」では、光州事件に軍人として関わった青年のその後の人生が崩れていく様が描かれています。被害を受けた側はもちろん、加害した側にもその後の人生があり、苦しみや葛藤は続きます。韓国はベトナム戦争にも派兵していますが、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えて生きている人が多くいることも「記憶の戦争」という映画を通して初めて知りました。

韓国と日本の歴史 知らなかったことにショックを受けた

――本の中では、日本による朝鮮半島の植民地支配の歴史にもたびたび触れています。実際に韓国で暮らしたことで何か感じましたか。

 韓国の祝日は日本との歴史に関わる日が非常に多いです。私が韓国に着いてすぐの3月1日は、三・一独立運動を記念する日でした。祝日が来るたびに、日本との複雑な歴史を感じざるをえません。それらの歴史について、日本人である自分が知らなかったことがすごくショックでした。

 日本軍「慰安婦」サバイバーの方々の歴史を伝える「戦争と女性の人権博物館」に行った時には、ベトナム戦争中の韓国軍による現地の人々への性暴力についての展示があったことに驚きました。自分の国の被害だけではなく、加害についても展示している。同じような歴史を繰り返さないためにも、被害の歴史だけではなく、加害の歴史についてもきちんと伝えていかなければいけないとすごく感じました。

 少し話は変わりますが、「慰安婦」問題をめぐって日本政府に謝罪などを求める水曜デモに参加したり、セウォル号沈没事故の追悼式を見学したりする中で、それらに反対する立場の韓国の人たちのデモも目の当たりにしました。日本にいる時は、様々な政治問題や歴史問題に対して「韓国の人はみんなこういう立場なんだろうな」と勝手にイメージしていたところがありました。でも実際には、韓国の中にも本当にいろいろな考え方の人がいる。目の前で異なる立場の人たちを見て、最初はその光景を信じることのできない自分がいました。そして、“国民性”のようなものでその国で生きる人たちをひとくくりにして考えることはできないんだ、と改めて感じました。

日本では目を向けていなかった扉 ひとつずつ開けていく楽しみ

――韓国留学をしたことで、価値観も変わりましたか。

 価値観がガラッと変わったということはありません。これまで出会った人や、自分が経験してきたこと、教育の中で培われたものは大きくは変わらなかったかもしれません。でも韓国に行ったことで、日本にいても、まだこんなに知らないこと、目を向けていないことがあるんだと気づきました。

 実際に韓国で暮らし、「この休日は何の日なんだろう」といった小さな疑問をきっかけに、表面的には見えなかったものがちらちらと見えてきました。それをまず自分の目で見て知ってみたいと思ったんです。

 人間は複雑で難しい。でも、自分と考え方が違うからといって壁を作ったり、片付けてしまうのではなく、まずは知ろうとしなくちゃいけない。それは韓国で暮らしたことで、より強く思うようになりました。

――最後にこの本をどのように読んでもらいたいですか。

 写真も入っているので、誰かの日記を見るような気持ちで、気軽にぱらぱらとめくってもらえたらうれしいです。私は韓国の専門家ではないので、何かの答えを書くことはできません。でも、歴史や文化について知った時の驚きや感動は記しておきたいと思いました。

 私は韓国のカルチャーに触れたことで、いろいろな扉に出合いました。それを一つずつ開けていくことは楽しかったし、その先で複雑な感情に出合うこともありました。だから、この本も誰かにとって、何かをもっと知りたくなる一つの扉になったらうれしいです。