道のりは図書館と共にあった。
最初に勤めた衆議院法制局では国会図書館。東京大学の助手時代は明治新聞雑誌文庫。東北大学では狩野文庫。京都大学では、中国書が国内最多の人文科学研究所。
「ずっと史料に導かれてきました。自分が探しているものだけでなく、その時代の世相や思潮も、史料が教えてくれました」
世界各地の図書館を回り、翻訳書や雑誌を調べる中で、欧米から日本へ入った思想が、留学生を通じてアジアへ伝わったこと、欧米から中国経由でも日本へつながったことがわかった。退職を機に出した2冊を「近現代アジアをめぐる思想連鎖」と、束ねた理由だ。
『アジアの思想史脈 空間思想学の試み』には、中国革命を支援した宮崎滔天(とうてん)、伊藤博文を暗殺した安重根、正岡子規ら、アジアという「空間」を生きた人びとが登場する。とくに、明治憲法や教育勅語の制定に携わった官僚・井上毅(こわし)が印象的だ。「官僚は法律を作ることで政治を動かしますが、つねに政治家の陰に隠れている。そういう人物を研究しないと、敵対した側がなぜ負けたか、敗者が持っていた可能性もわかりません」
『アジアびとの風姿(ふうし) 環地方学の試み』では、熊本出身者とアジアの関係をたどる「熊本びとのアジア」の熱気に圧倒される。単に著者が熊本出身だからではない。
「日本史は東京からしか見ていない。沖縄や新潟など、ある地点から見直すと、世界像がどう変わるか、という方法論の提案です」
やや意外なのは「自民族中心主義に陥ることなく、周縁としての視線をもって、相手の側に身を置く」「アジアびと」のモデルに、故・司馬遼太郎を挙げたことだ。
〈朝鮮のことを考えるときには、自分が朝鮮人だったらと、あるいは自分が在日朝鮮人だったらと思う〉〈自分の身につまされて感じる神経ですね〉という司馬の言葉から、従来と違う像を描く。
「ザラつきを作ること。自分の中にある反発や、見たくない面を含め、総体に迫りたいのです」
今は国会図書館関西館に通い、「空間学」3部作の完成をめざす。
(文・石田祐樹 写真・滝沢美穂子)=朝日新聞2017年06月25日掲載
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