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憎々しげな表情、鏡の前で研究 キラー・カーンさん「“蒙古の怪人”キラー・カーン自伝」

 プロレスファンの間では、身長223センチの大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントの足を折ったレスラーとして、あまりにも有名だ。
 この自伝で「真相」が明かされる。時は1981年。場所は米国ニューヨーク州ロチェスター。カーンは、コーナー最上段から飛び降り、相手の体にひざを落とすニードロップをアンドレに仕掛けた。プロレスは、相手にけがをさせてはいけない。カーンのニードロップも見た目の派手さとは違い、ダメージはそれほど与えない技だったが、アンドレが思わぬ方向に動いたため、足首に命中したのだった。
 実際は少しヒビが入った程度のけがだったが、アクシデントも商売にしてしまうのがプロレスのしたたかさ。アンドレの復讐(ふくしゅう)物語として、2人の対戦は全米各地でドル箱カードに。数年前まで新日本プロレスの前座だったレスラーが、1千万円を超えるファイトマネーを得たこともあった。
 モンゴル人キラー・カーンこと小沢正志。ヒール(悪役)に抵抗はなかったのか。いま、こう話す。「いや。プロとして務めようと思った」。哲学があったのだ。「プロレスはヒールが試合を組み立てる。相手はヒーローを演じていればいい。相手のかっこよさを引き立て、観客を興奮させるのはヒールの醍醐味(だいごみ)」。どうすれば憎々しげな表情になるか、自宅の鏡の前で研究した。
 引退して30年。何店もの飲食店を経営してきた。いまは東京・新大久保の居酒屋の店主。「若者とサラリーマンの味方です」がキャッチフレーズだ。
 先日、20代の若い女性が来店した。店内に飾ってある写真を見て、「マスターはプロレスをやってたんですね」と驚き、その場でプロレスファンの父親に電話した。父親は興奮して「キラー・カーンに代わってくれ!」。数日後、親子で来てくれた。
 92歳まで店を続けたい。「新潟のおふくろが、経営する薬局で、92歳まで車椅子に乗って『いらっしゃいませ』とやっていた。だから、その年齢が目標」
 (文・西秀治 写真・飯塚悟)=朝日新聞2017年7月23日掲載