「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 [著]磯田道史
〈「なぜ日本陸軍は異常な組織になってしまったのか」という疑問〉が、司馬遼太郎にはあったと、磯田さんは語りはじめる。
明治は徳川を倒してできた。その倒された徳川は織豊(織田・豊臣)から権力を奪ってできた。その奪われた織豊の前には〈まだ日本全体を覆う大公儀(おおこうぎ)〉という権力体はなかった。
ならば織田信長が生まれたころから日本陸軍が異常な組織になるまでの歴史を、司馬は探っていこうとした。
司馬は徴兵され、満州で危うく死にそうになる。1940年代において日本陸軍の戦車は、ほとんど1920〜30年代のままのような代物だったのだ。自国の戦車が、いわばオワコン(終わったコンテンツ)の低スペックになっている不合理が正されず、〈深く考えない〉習慣が成立してしまったのはなぜか、この問いが司馬の〈創作活動の原点〉だと、磯田さんは続ける。
こうして織豊→徳川→明治→日中戦争までの日本が、『国盗(と)り物語』『花神』『坂の上の雲』の視点と主題から、語られてゆく。歴史の専門家や、司馬マニアに向けてではなく、あくまでもポピュラーに語られる。最初から最後までたのしく聞ける。読む、というよりも。
そう、磯田さんは“語り”が上手なのだ。以前から私は磯田さんがラジオで話されるのをたのしみに聞いていた。
タイトルもうまい。新書タイトルは、教養として役だつ印象を与えねばならないが、売れるためにはもう一つ。その教養を、ラクして与えてもらえそうな印象を与えねばならない。
『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』なら、役立ち感は文句ない。しかも本家(?)司馬は、『竜馬がゆく』も『坂の上の雲』も8巻ある。『花神』だって3巻だ。なのにこの新書は842円で一冊。「司馬遼太郎の名前はよく知っているが実は読んだことのない人」にはお得感がある。
もとよりの司馬好き日本史好きは当然心惹(ひ)かれる。字も大きくてよい。
(姫野カオルコ=作家)
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NHK出版新書・842円=6刷8万部 17年5月刊行。「100分de名著」(Eテレ)のテキストを加筆・再構成した。著者は70年生まれの歴史学者(日本近世社会経済史・歴史社会学)。=朝日新聞2017年7月30日掲載