女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと [著]西原理恵子
昔のサイバラはトガってた。自分を「誰にでも噛(か)みつく犬」に譬(たと)え、政治家から名店や画伯まであらゆる権威を吠(ほ)えて噛み、その姿が風刺や批評となって噛まれた相手も笑わせる「野良漫画家」だったのだ。そんな彼女が実生活を描く『毎日かあさん』でブレイクし、アニメやエッセイに進出する一方、人口に膾炙(かいしゃ)するにつれ毒気も抜けてちびっと丸く、かつて自身が揶揄(やゆ)した相手に近づくようにも見えた。
西原理恵子に限らず、創作者のそうした歩みを読者はしばしば「変わった」「劣化」などと呼び、売れたことの弊害と捉える(僕もそう思った)。だが「女の子」への人生啓発の枠組みで娘との関係を軸に半生を告白した本書には、恋人への依存癖やアルコール中毒の前夫の言葉の暴力、隣人トラブルに起因する鬱(うつ)等々、ひとりの女性としての彼女を襲った出来事が、作風の変遷の背景に浮かんでくる。
全米ベストセラーで今年邦訳も出た、人間の権利を巡る軽やかで真摯(しんし)なエッセイ『バッド・フェミニスト』で作家ロクサーヌ・ゲイは、誰もが共有できるフェミニンな態度として、性・人種・貧富等(など)の如何(いかん)を問わず、自分が持つ無意識の「特権」に各自がまずはただ「気付く」内省のありかたを挙げる。その方法を踏襲すれば、サイバラが「変わった」理由を知ることは、私たちに、誰かが「変わらずに」いられるならそれ自体が幸運で特権的なことだ、と気付かせる。
読者の勝手な期待とは別に、「変わり続けてきた」サイバラは、それゆえ娘に「ダメな自分、弱い自分に気づけ」と語り、「自由も責任も有料だ」「自分の幸せを人任せにしない」と煽(あお)る。聞き語りを控え目に構成した結果ほぼ語り口調そのままの本書だが、そのぶん幅広い読者の耳に優しく、そのなかで著者自身が書き下ろしたとおぼしきところどころの、娘への語りかけの言葉が心を打つ。「転んでもいいから、また、顔をあげる、そういう女の人になってください」と。男の人もよく聞くべし。
市川真人(批評家・早稲田大学准教授)
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角川書店・1188円=4刷8万部
17年6月刊行。40代を中心に、幅広い年代の女性に支持されている。担当編集者によると、娘にプレゼントするために買う母親も多いという。=朝日新聞2017年8月6日掲載