世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」 [著]木村泰司
実用書には基本フォーマットがある。「○○を身につければ××になれる」だ。例えば、「キャラ弁を作れるとすてきなお母さんに」だったり「決算書を読めるようになればデキるビジネスパーソンに」だったり。
現在一大ブームなのは「教養でグローバルビジネスパーソンに」だ。教養の具体的内容は、歴史、ポピュラーサイエンス、古典、洗練された英語など様々で、「ビジネスマン」はより尖(とが)らせて「グローバルエリート」になったりするが、基本は同じだ。
今回紹介したい『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』は、冒頭で「美術史とは、世界のエリートの“共通言語”である」と打ち出され、まさにこの形式だ。
いわく、美術は各地域の長い時代の政治、思想、価値観を反映しており、各文化圏理解の基本であると同時に社交上無難な話題である、とのことだ。実際、グローバルな文脈で相手の国を理解している、あるいは少なくとも理解しようとの姿勢を示すのに、美術ネタは確かに良い。大学での国際交流、ビジネスでの海外提携先と非公式な会話などで汎用(はんよう)性が高い。
そこで本書の中身はというと、実はそれほど新しい話題はない。高校の世界史をきちんと学んだ者にはやや拍子抜けかも知れない。ただ、高校で単にキーワードだけ覚えさせられ(クイズ化したキーワードだけを暗記し)、政治史、経済史と文化史が連関していることをあまり意識していなかった元高校生にとっては、本書は、西洋史をコンパクトに復習しながら、断片的な知識を体系化し、連携させ、理解を深められる道標となる。
また、単に試験のための「知識」だったものが、美術をより深く楽しみ、社交を豊かにするという効用すら生む、複合的な「教養」へと、転換させるものになる。そういう意味では、単なる知識と教養はどこが違うのか、昨今の「教養」ブームについて考えさせられる素材ともなっている。
瀧本哲史(京都大学客員准教授)
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ダイヤモンド社・1728円=8刷5万2千部 17年10月刊行。著者は66年生まれの西洋美術史家。版元によるとリベラルアーツに興味のある30〜40代男性を中心に売れているという。=朝日新聞2018年03月25日掲載