思えば若い時はずっとポテトチップスを食べていた。目の前にあれば、消えてなくなるまで食べてしまう。何がこんなに好きなのだろうかと疑問に思い色々考えた。
確かに美味(うま)いが、もしかして化学調味料の虜(とりこ)になっているのではないかと、化学調味料無添加のものを買い求めてみたがやはり延々と食べてしまった。これは味だけの問題じゃないぞ。
食事は五感を使って味わうものだが、ポテトチップスには音がある。歯で奏でる音楽だ。なんというか野性を呼び起こす。生き物を丸ごと食べていた頃の記憶が関係しているのだろうか。そんな記憶があるかわからないけど。そもそも人間は生き物を丸ごと食べていたのだろうか。まあ、それは良いとして、もしかすると子供の頃、エンピツの木の部分をずっと嚙(か)んでいた僕の記憶が鍵を握っているのかもしれない。あれも思えば食事に近い行為だった。赤ん坊はなんでも口に入れるが、口というのはかなり優秀なセンサーなのだろう。手よりも繊細にある種の情報を感受できる。塩分濃度とか、滑らかさとか。
そういえば蠅(はえ)は足先で味わうと聞いたことがあるが本当だろうか。蠅同士のキスは足先でするのだろうか。
僕は大人になったけど、今でも時々食べ物じゃないものを口に含んでしまう。それをもっとよく知るために。時には知りたいという意思を対象に伝えるために。これも食事の類なのではなかろうか。対象物を知ること、対象物に自分を知らせること。相互的な行為も食事だったら面白い。
食事は食物を体内に取り入れることが全てではない。それにともなう肉体的な快感や、知的興奮や、よく判(わか)らないけど、色々と複合的な行為なのだろう。味蕾(みらい)だけでは味わえないのが食事なのだ。栄養の補給だけだったら注射や点滴の方が効率的かもしれない。そのうち小さなカプセルを一つ飲めば一日の栄養は事足りるような世界が来るかもしれない。
人は攻撃の対象を食べてきた。慈しみの対象も食べてきた。狩猟採集時代には攻撃して手に入れた獲物を口にしただろうし、農耕をするにいたっては慈しみ育てたものを口にすることになる。僕はジャガイモを攻撃したことも、慈しんだこともない。ジャガイモとの相互的な関係を築かない。ただ歯触りや味だけを求めている。なんだか虚(むな)しい感じがする。
時にはジャガイモから嫌われたり、好かれたりしたい。ただ消費するだけは嫌だ。だけど、ポテトチップスの歯触りだけ再現したプラスチックのようなものがあったとして、それに塩をかけてあっても、僕は喜んで延々と食うだろう。バカめ。=朝日新聞2018年01月13日掲載
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