よめはんをはじめて見たのは、京都東山七条にあった美大のそばの雀荘(じゃんそう)だった。赤い髪にレモンイエローのマニキュア、派手な花柄のワンピースを着て脚を組み、煙草(たばこ)を吸いながら牌(ぱい)をツモり、切っていた。わたしはてっきり新京極や木屋町界隈(かいわい)の店にお勤めのひとかと思ったが、話をすると、同じ美大の日本画科の学生だった。なぜかしらん、あれからほぼ五十年、ふたりは同じ屋根の下で暮らしている。
本日の朝昼兼用食は、トマトとタマネギと青シソのサラダ、ミネストローネ、オイルサーディン、卵焼(たまごやき)、ミートソースのパスタ、シークァーサーのソーダ割りで、麺類が大好きなオカメインコのマキもパスタを一本、完食した。
食べ終えると、わたしは流し台の前に立ち、ポットに水を入れてコンロにかける。コーヒーの豆をミルで挽(ひ)き、ペーパーをセットして沸騰した湯を注ぐ。コーヒーが落ちるのを見ながら皿を洗い、布巾で拭いて食器棚にもどす。そうしてコーヒーを淹(い)れるとマグカップに注ぎ分けて、「さて、戦いますか」と、よめはんにいう。よめはんはマグカップの盆を持って麻雀部屋に行き、わたしはマキを肩にとまらせて屋根裏の仕事部屋にあがる。抽斗(ひきだし)から葉巻を出して吸い口を切り、それをくわえて麻雀部屋に行くと、よめはんが自動卓に電源を入れて座っている。よめはんとわたしはしばし考えてジャンケンをし、勝ったほうが起家(チイチャ)となって麻雀をはじめる。そう、よめはんとのふたり打ち麻雀は我が家のルーティンなのだ。
これは自慢だが、わたしは麻雀が強い。競輪でいえばS級、将棋でいえばアマの三段クラスを自負しているが、そのわたしより、よめはんはもっと麻雀が強い。打ちまわしはもちろん巧(うま)いが、持って生まれた引き運が強いのだ。だからしょっちゅう役満(四暗刻〈スーアンコウ〉が多い)をアガる。よめはんとの麻雀はわたしが負け越しているだろう。
半荘(ハンチャン)四回の麻雀が終わると、よめはんは画室、わたしは屋根裏部屋にこもって仕事をし、日が暮れると、週に二回ほどは外で晩飯を食う。うどん、そば、中華、ステーキの店を順繰りにまわしているから変化がない。たまに新しい店を開拓しようと行ってみるが、口に合わないと思うと二度と行かない。テーブルに灰皿がある店にも行かない。自分は葉巻やパイプを吸うくせに、他人のけむりは嫌だから。
「若いころは、あれが食いたい、これが食いたいと、予約してまで行ったよな」「ぴよこはあかんわ。ものぐさ爺(じい)さんなんやから」「ああ、ドリアンが食いたい。マンゴスチンが食いたい」「買うて来たら。デパ地下で」「おれはマカオで食いたいんや」「賢いね。いうことが」――。そう、マカオのポルトガル料理は旨(うま)いのだ。=朝日新聞2017年04月29日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 阪神大震災30年、高嶋哲夫さんが描く近未来の災害連鎖「チェーン・ディザスターズ」 朝日新聞文化部
-
- インタビュー 砂原浩太朗さん「冬と瓦礫」 阪神大震災30年「自分は当事者なのか」書く原動力に 朝日新聞文化部
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「サンセット・サンライズ」井上真央さんインタビュー お試し移住が変える日常「足元の幸せを大事に」 根津香菜子
- インタビュー ヨッピーさん「育児ハック」インタビュー 「子どもが社会的“野生味”を身につけてくれれば」 川崎絵美
- インタビュー 松下洸平さん「フキサチーフ」インタビュー 僕の言葉を探してつむぐ、率直な今の思い 根津香菜子
- 今、注目の絵本! 「絵本ナビプラチナブック」 絵本ナビ編集長おすすめの新刊絵本11冊は…? 「NEXTプラチナブック」(2024年11月選定) 磯崎園子
- イベント 「今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて」公開収録に、「ツミデミック」一穂ミチさんが登場! 現代小説×歴史小説 2人の直木賞作家が見たパンデミックとは PR by 光文社
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社