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味わい深い、戦争とごはん

 劇場アニメ版が昨年秋からロングラン上映されている、こうの史代(ふみよ)「この世界の片隅に」(双葉社)。原作マンガ全3巻の増刷も続いている。戦争マンガにありがちなミリタリー要素や激しい戦場の描写にではなく、「銃後」の日常生活を淡々と表現した点が高く評価された。中でも食糧不足や倹約生活を強いられる総力戦体制下にあって、工夫を凝らして朗らかに食卓を囲む家族の姿に共感した、という声が多い。
 そこで今回は「戦争とごはん」という観点から、近年の注目作を3作紹介したい。
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 一つめは、魚乃目(うおのめ)三太「戦争めし」(秋田書店、既刊3巻)だ。
 魚乃目は、ここ数年で定評を得てきた人情派食マンガの旗手である。この作品は太平洋戦争と食にまつわる短編集だが、温かいドラマ作りの手腕が存分に発揮されている。東京大空襲の最中に妻が身を挺(てい)して地面に埋め、戦後に受け継がれた鰻(うなぎ)のタレ。厳しい検閲をくぐり抜け、前線の夫が銃後の妻に送った手紙の押し花から生まれたタンポポ珈琲(コーヒー)。旧満州で終戦を迎えた少年時代のマンガ家・ちばてつやが引き揚げ先の舞鶴港で食べた、一年ぶりの白米のおにぎり……。独特の朗らかな絵柄と誠実な取材が実を結び、戦争への怒りや憎しみよりも、戦争体験者たちの優しさとぬくもりに包まれた「戦争めし」の記憶がよみがえってくる。

記憶・体験・想像、メッセージ届ける

 2番目は、花福こざる「花福さんの戦争ごはん日誌」(ぶんか社、全1巻)。実話系4コママンガ誌「本当にあった笑える話」での連載をまとめたものだ。
 単行本の帯に「美味と悶絶(もんぜつ)のハザマを軽妙に描く実食コミックエッセイ」とあるように、作者自身が戦時中の調理方法や食材を用いてごはんを作り、その大変さや微妙な味わいを追体験している。
 ふかしイモやすいとん、野草のおかゆに麦ふすま汁、ザリガニ、どんぐりと、戦時の食べ物を平時に口にする意味を、エッセーマンガは素直な興味関心で描き出す。その行為は、「戦時中を思えば食べられるだけありがたいと思いなさい」といった説教よりも、戦争を知らない「戦無世代」に届きやすいメッセージかもしれない。
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 3作目には、優「五時間目の戦争」(KADOKAWA、全4巻)を紹介したい。
 ここで描かれるのは架空の未来戦争であり、実際の戦争に基づくほかの2作とは異なる。主人公らは四国の離島に住む中学3年生。詳しいストーリーは割愛するが、題名が示唆する通り、ある日突然、毎週金曜日の5時間目が「戦争」の授業になるのだ。
 ただし主舞台は戦地ではなく、銃後の学校や島の暮らしにある。「生きとる限りおなかはすくけん」と、戦場へ向かう級友に限られた食材でこしらえたごはんを手渡す女子の言葉は、時代や状況がどうだろうと、人間として変わらない芯の部分を再認識させてくれる。おいしそうに食べる場面の多さや作中料理のレシピが付く点など、この作品がいかに「食」にこだわっているかがわかる。
 以上の3作は順に、過去と現在と未来が舞台である。過去の記憶に寄り添い、現在の共通体験に置き換え、未来への想像力を培う。この一連の作業が歴史から何事かを学ぶための肝だとすれば、日常的な行為であり、生物の本能でもある「食」が戦争マンガの格好のテーマであることは、意外でも何でもないのだ。=朝日新聞2017年8月25日掲載