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妄想の小ネタ、限りなく広げて ヨシタケシンスケさん「りんごかもしれない」

文:加賀直樹、写真:植田真紗美

――日本じゅうの絵本好きキッズの熱い視線を今、一身に集める絵本作家、ヨシタケシンスケさん。今年5月、全国約12万人の小学生が選んだ「“こどもの本”総選挙」では、10位以内になんと4冊もの本が選ばれ、「ヨシタケ本」の超人気ぶりを見せつけた。そんな彼の絵本デビュー作が『りんごかもしれない』(2013年、ブロンズ新社)。1個の果実をモチーフに、主人公「ぼく」の妄想が「これでもか」と膨らんでいく。累計売上41万部を突破。「児童書業界を牽引する存在」(出版関係者)とまで讃えられる彼の素顔とは……。

 もともと広告美術の造形の仕事をしていたんです。芸術ユニット「明和電機」の土佐信道さんたちが活躍していた母校(筑波大・芸術専門学群)の同窓生アーティストたちと一緒に、横浜にアトリエを借りて。明和電機の創作活動も手伝っていました。ふだんは、広告代理店から依頼を受け、さまざまな造形物をウルトラ短期間で作り上げる。ネット普及後は映像制作の仕事も加わって、それは忙しい毎日を送っていました。

 そんななか、何気ない日常の気に留まった一瞬を、スケッチで描き続けていたんですね。

――革製の小さな手帳を見せてもらった。「他の人に見られないように」極細ペンでメチャクチャ小さくスケッチが描きこまれている。子どものちょっとしたしぐさ、おじさんのつぶやき、お姉さんの愚痴。学生時代から描き続け、作品は自宅にすべて保管しているという。

 アトリエで開いた個展をきっかけに、30歳で初のイラスト集を出版し、哲学者・土屋賢二さんの「週刊文春」連載の挿絵などを担当する幸運にも巡り合えた。でも、そもそも当初、自分がイラストレーターになるなんて、少しも思っていなくて。ましてや絵本作家だなんて。

 『りんごかもしれない』を一緒に作ったブロンズ新社の編集者も、イラスト集を見て「一緒に仕事したい」と思ってくれていたみたいです。社内で数年間、企画書を書き続けては没にされるのを繰り返した末に、ようやく「りんご」が実ったんです。

『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)より
『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)より

――「りんご」の物語の冒頭。ある日学校から帰ってくると、テーブルにリンゴが置いてあった。でも、もしかしたらこれはリンゴじゃないのかもしれない。「ぼく」の妄想が爆発。反対側はミカンかもしれない。赤い魚が丸まっているのかもしれない。実は何かの卵かもしれない。生まれてきた何かの赤ちゃんは、僕のことをお母さんだと思うかもしれない。

 じつは絵本のお話を最初にいただいた時、「絵本とは何か」「子どもに与えるべきものとは」と、難しく考えすぎちゃったんです。絵本のことが昔から大好きだったから、いざ自分がつくるとなると緊張してしまって。そんな時、編集者が企画を用意してくれたんです。「リンゴをいろんな目線で見てみる絵本」。「面白そう。持ち帰って考えさせてください」って。

 一つのモチーフを様々な角度から見てみる。最初考えたのは「リンゴを実と皮と種に分けてみよう」「いろんな調理法で食べてみよう」。うーん、全然面白くない。困ったなと思った時、「じゃあ、リンゴ『じゃない』としたら何だろう」。リンゴに見えるけどリンゴじゃないとしたら。リンゴ「かもしれない」ってキーワードで括ると、急に嘘つき放題になってきた。ただ、当初の企画とは方向性がまるで違う。「そんなこと言いたいんじゃない!」なんて拒否されたら……。おそるおそる企画書を送ると、二つ返事で「こっちで行きましょう」。

 これかもしれない、あれかもしれない。「小ネタ」を無限に思いついた。それを並べれば、僕にもストーリーみたいなものをつくれるんじゃないか。どう並べれば成立するか。そんな組み立てかたを試みていったんです。

――「りんご」を探る果てしない旅はドラスティックに収斂され、駆け抜けるように物語は終わる。この疾走感も魅力の一つだ。「りんご」以降、飛ぶ鳥を落とす勢いで絵本界を邁進中。どうしてこんなにも「ヨシタケ本」がいま、子どもたちの心を熱く揺さぶるのだろう。

 絵本って、世界で一番飽きっぽい生き物が読むもの。自分の意思で彼らがページを最後までめくるって、じつはすごいこと。子どもの頃の僕にとっての絵本は「自分で読む用」でした。好きな時に好きなページを好きなだけ見るのが、僕にとっての絵本。それを自分が作ろうとすると、「じゃあ、自分一人でニヤニヤできる本を作りたい」となるわけです。

 だから、僕の絵本、大勢の前ではすごく読み聞かせしにくい。絵も小さいし、あちこちに文字が書いてあるので、どこを読んでいるのか分からない。後ろの子は見えない。ただ、僕にとっては「隙間が空いている」本が理想。本の中に、自分の経験や好みを入れ込んでしまえるような。「俺だったらこうするのにな」とか、「自分もそれ楽しいと思う」とか。1冊読み終わった時に初めて我に返るような本ではなく、1ページ目から突っ込みどころがたくさんある本。「そんなわけないじゃん」って、突っ込みながら読んでいくような本が理想です。

――育ち盛りの2人の男のお子さんと向き合う毎日。創作に及ぼす恩恵は計り知れない。

 「子どもも大人も一緒だなあ」「自分も小さい頃そうだったな」って。自分自身は4人きょうだいで内向的な子でした。自分が小さい頃に知らなかった、誰も教えてくれず悩んでいた部分をいま、いっぱい思い出す。それを僕は絵本で言いたい。当時の自分の理解者であり続けたい。親になって大人の事情も分かってきた。弱さは、みんなも抱えているものなんだ。一見強く見える人も、弱さを持っていて、それを乗り越えているんだ、って。

 「これ、大人が読んでも面白いですね」「子どもの頃にこれ読みたかったです」。そう言われると嬉しい。ストレス、嫉妬心、自分のなかのどうしようもない部分を、僕は幸いにも仕事に昇華できるというのは恵まれている。面白い立場にいる。幸せだなって思います。