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司馬の「逸話」楽しく重く 作家・門井慶喜

  • 山野博史『司馬さん、みつけました。』(和泉書院)
  • 新戸雅章『江戸の科学者』(平凡社新書)
  • 須賀敦子『主よ 一羽の鳩のために』(河出書房新社)

 山野博史は専攻は日本政治史だが、書誌学者の顔も持ち、ことに司馬遼太郎に関しては司馬の死後、全集にも洩(も)れていた長短無数のエッセー類をさがし出して『司馬遼太郎が考えたこと』全15巻に結実させている。
 あの伝説的な『露伴全集』拾遺2巻にも匹敵する大仕事だが、このたびの『司馬さん、みつけました。』は、その後の発見をふんだんに紹介して楽しい。
 むろん内容もときに重い。司馬自身が生前は「司馬史観」はもちろん「史観」という語にすら懐疑的だったというのは大切な収穫だし、三島由紀夫が司馬について「人物描写うまいと思うけどあのヒトの史観が好きじゃない」と言い放ったという逸話もさまざまなことを想像させてくれる。トリュフハンターの面目躍如たる一冊である。
 新戸雅章『江戸の科学者』は、新幹線でさっと読める好読み物。近世科学史にきらめきを発する11人の生涯と業績を簡潔につづる。関孝和、平賀源内、田中久重のような有名人もいるが、さほど有名でない人もいて、私には、こちらのほうがおもしろかった。
 たとえば11代将軍家斉のころの蘭学者・志筑忠雄。生涯、長崎から一歩も出ずにオランダの本の翻訳にはげみ、引力、遠心力、真空など、こんにちの物理学でも基礎中の基礎の語をいわば手づくりしたなどと聞くと、これはまた国語の問題でもあるなあと思わせられる。叙述は総じて着実なので、ときおり挿入される不器用な小説的描写には目をつぶるべし。
 最後は詩を。『主よ 一羽の鳩(はと)のために』は須賀敦子が1959年、イタリア留学中に書いた44篇(へん)をあつめたもの。まだ結婚前だった。草稿が最近、見つかったという。
 ときに宮沢賢治ふうになるのは巻末解説での池澤夏樹氏の指摘のとおり。賢治とくらべると総じてひらがなが多く、しらべがやさしく、抽象語よりも日常語を、奇想よりも秩序をおもんじる。
 「わたしの/いづみは/きふに/うたはなくなってしまった。」は単なる詩人のあせりではない。女性はもちろん有髯(ゆうぜん)の男子が休日の朝コーヒーとともに読むにふさわしい。
 詩集は字組みが大事だが、この点も申し分ない。=朝日新聞2018年6月10日掲載