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流行病、どこかで聞いた話 アンソロジスト・東雅夫さんオススメの3冊

  • ディーノ・ブッツァーティ『怪物』(長野徹訳、東宣出版)
  • 岩城裕明『事故物件7日間監視リポート』(角川ホラー文庫)
  • 内田百閒/小川洋子編『小川洋子と読む 内田百閒アンソロジー』(ちくま文庫)

 現代イタリアの文豪ブッツァーティの未邦訳短篇(たんぺん)を、シリーズで紹介する東宣出版の好企画。第3弾となる『怪物』には、その名も「流行(はや)り病」と題された作品が収録されている。

 政府の暗号解読課で課長を務める主人公は、部下たちが次々と流行性のインフルエンザで倒れてゆくことに連日、危機感をつのらせていた。そこへスパイ疑惑を噂(うわさ)される事務官がやってきて、今回のウイルスは、政府に敵対する人々にだけ感染する「官製インフルエンザ」なのだと吹聴する。とうとう部下全員が欠勤するなか、課長本人にも罹患(りかん)の徴候(ちょうこう)が……。

 疫病ならぬファシズムが猛威をふるった時代を生きた作家であるブッツァーティらしい、強迫観念に満ちた作品だが、まさか令和の日本で、かくも酷似した現実と直面させられることになろうとは!

 折からの怪談ライブ流行を追い風に、小説よりももっぱら実話の領域で近年、関心をあつめている「事故物件」テーマ――つまり怪異が起きると噂される曰(いわ)くつきの賃貸物件を、実地に検証してみたら……といった類の話ですな。

 岩城裕明の最新中篇『事故物件7日間監視リポート』は、タイトルからしてフェイク(疑似)ドキュメンタリー風のすべりだしから一転、さらに二転三転、読者の予想を超えた斜め上の方向へ急テンポで物語を加速させてやまない。そうして驚愕(きょうがく)必至な異界の薄闇の真只中(まっただなか)へ、読者をポンと突き放すようにして終わるという、何とも悦(よろこ)ばしき戦慄(せんりつ)に満ちた野心作だ。

 事実は小説より奇なりという安易な風潮に、あえて反旗をひるがえすかのような、怪奇小説家の心意気を感じさせられた。
 「土手を自在に行き来する作家が、小説と随筆の境で立ち往生するはずはない。読者を置き去りにする勢いで、あらゆる境界線を踏み越えているのだ」――これは『小川洋子と読む 内田百閒アンソロジー』の編者あとがきに見える一節。ややニュアンスは異なるのかも知れないが、『事故物件7日間監視リポート』にみなぎる覇気とも一脈通い合う言葉である。

 この連載では折々に注目すべきアンソロジーを紹介してきた。

 アンソロジストとしても並外れたセンスと鑑識眼を感じさせる小川洋子が、同郷の先達たる百鬼園先生の文業から鍾愛(しょうあい)の作品を精選収録、各収録作の末尾に、達意のコメントを付した好個のアンソロジーで、連載の掉尾(ちょうび)を飾ることができたのは嬉(うれ)しいかぎり。=朝日新聞2020年3月8日掲載

『事故物件7日間監視リポート』ほか事故物件、砂まみれの家など「怪しい家」にまつわるホラー小説4選