1. HOME
  2. インタビュー
  3. 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。
  4. 新潮新人賞・有賀未来さん 冷笑しない18歳「戦争もアイデンティティも、小説はわからなさを受け止める手段」

新潮新人賞・有賀未来さん 冷笑しない18歳「戦争もアイデンティティも、小説はわからなさを受け止める手段」

有賀未来さん=撮影・武藤奈緒美

パンデミック、デモ、思春期。世界が崩れた

新潮社にて=武藤奈緒美撮影

 高校3年生、18歳にして新潮新人賞に選ばれた有賀さん。まだ私の半分も生きていないこの人には、わからないことがいっぱいある。

 コロナが猛威を奮う2020年に中学に入学。入学式は6月に延期され、入学後は出席番号の奇数と偶数で分散登校した。同級生とうちとける機会を失った有賀さんは図書室で息つぎをした。

「図書の先生が親切で、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』はありますか?と聞いたら、すぐに入れてくれました。第2次世界大戦で従軍したソ連の女性兵士500人以上にインタビューしたノンフィクションなのですが、世界に対する解像度が変わって、文学の面白さというより恐ろしさを感じたんです」

 その恐ろしさは、戦争の悲惨な事実に対して?

「というより、現実で起きたことがこのように語られ、綴られ、それを今自分が目にしているんだと思ったときに、なんかもう果てしのない気持ちになって……。そこから『どのようにして私たちは世界を記述できるのか』という問いが生まれ、ソ連史や純文学を読むようになりました」

 そのうち思春期に突入し、もともとクラスに馴染めないのに自分も周囲も様変わりして、学校を休むようになった。

「コロナ禍があり、本と出会い、思春期に入って、『信じていた』という自覚すらないほど当たり前のものだと思っていた世界が、ぼろぼろ崩れていったんです」

 2019年から2020年にかけて起きた香港民主化デモも大きな衝撃だった。

「人とコミュニティが1秒単位で変化し、瓦解していくさまが、テレビのニュースではなく自分のスマホに流れてくる。しかも実際に今そこにいる現地の人の投稿によって直接的に。恐ろしいけれど、いま目にしていることは、人が生きるために考えなければいけない根本的な部分だと直感し、ここから目を反らしたら、ずっとひきこもることになる。できるだけ問題の深い部分まで潜りこもうとしました」

 アジアに強く関心を持つようになり、国際科のある高校へ進学。1年生から第2外国語として中国語を学んだ。

自室の本棚。「ハン・ガンの『ギリシャ語の時間』(斎藤真理子訳、晶文社)は、文体と取り扱っているテーマが美しく調和していて、いままで読んだ本のなかでいちばん好き。この間、韓国旅行に行ったとき、原書を買いました。いつか韓国語で読みたい」(写真:本人提供)

小説はいつか必ず消えるから

 小説を書くようになったきっかけは?

「中学2年の頃に現代短歌と出会って、本の情報誌「ダ・ヴィンチ」の穂村弘さんの連載〈短歌ください〉やNHK短歌に投稿するようになりました。〈短歌ください〉に選ばれた短歌を高校の国語の先生に見せたら、すごく喜んでくれて、散文も書いてみない?って言ってくれたんです。そのときは、定型詩のほうが好き、と答えたんですけど、頭にはずっと残っていて。高2の冬休み、学内の文芸コンテストに2000字くらいの姉妹の物語を書いて応募しました。それが、すごく面白かった。自分の中からこんな言葉が出てくるんだ、っていう驚き。面白かったし、怖かったし、ゾクゾクしました」

 わからないものへの興味がすごくあるんですね。

「中学の頃は、わからないっていう状態がすごく怖かったんですけど、高校の哲学の授業で実存主義を学んでからは、わからないものがわからないままで目の前にあるっていうことの素敵さ・面白さに気づきました。今は答えを出したいという欲求より、答えを出したくないっていう気持ちのほうが強い。サルトルの言葉『実存は本質に先立つ』と出会い、生きる意味や自分らしさは自分の選択でいつでも変えていくことができると知ってから、目に見えて健康になり、学校もサボらずに通うことができるようになりました」

 次に書いたのが、受賞作となる「あなたが走ったことないような坂道」。

「執筆で知らない自分が出てくる面白さに取り憑かれ、高2から高3の間の春休みにスマホで書き始めました。破綻や整合性を一切考慮せずに指が動くまま打ち込んで、気がつけば2万字を超える物語ができていました」

 作品を自分の中に留めず、応募しようと思った理由は?

「短歌もそうなのですが、創作物というのはいつか必ず消えるものだと思っています。どうせ忘れられてしまうのなら、誰かの目に触れてから忘れられたい。新潮新人賞を応募先にしたのは、いちばん締め切りが近かったのと、枚数が合っていたからです」

 そのスタンスだと、最終選考の連絡は驚いたでしょうね。

「正直、応募したところが新潮社だというのも忘れていたので、父が『なんか新潮社って言ってるけど』って電話を渡してきたときもポカン。『最終候補作に選ばれました』という言葉に、もう頭が真っ白になりました」

 そして受賞。

「爆笑しました。喜びと、どうなっちゃうんだろうという恐怖と興奮、それが一気に押し寄せてきてパニックになったんです。母はうれし泣きしていましたが」

執筆場所は一切決めていない。「昔から机に向かうのが苦手で、家の中で書くときも、キッチンの床や階段、廊下に座って書いています。一つのところにずっといるのがイヤなんです」(写真:武藤奈緒美)

日本人というより日本語育ち

「あなたが走ったことないような坂道」は、香港で生まれ、移民の養父母のもと日本で育った女子高生・星瑶(シンユ)が主人公。国籍は中国でコミュニティは日本、香港の民主化デモのニュースにどの立場で何を思えばいいのか悩む。

「人と人がどうすれば同じ場所で生きていけるのか、という問いがずっと頭にあるんです。この小説に香港、そして星瑶があらわれたのは、歴史的、政治的な関心からというよりはもっと根本的な、人間の在り方や生き方について考えていたからだと思います」

 星瑶の揺らぎとして、生まれた国の言葉を話せないことが大きく描かれます。

「高校には外国にルーツのある友だちが多くて、日本で育って日本語を話すけど国籍は日本じゃない人もいれば、日本国籍だけどずっと外国で育ってきたという人もいます。その中で自分のアイデンティティを考えたとき、しっくりきたのが温又柔(オン・ユウジュウ)さんのエッセイ『台湾生まれ 日本語育ち』でした。そうだ、自分は日本国家に帰属しているというより日本語に帰属しているんだ、と。
 今、日本語以外の言語にも帰属意識を感じてみたくて、中国語に加え、韓国語も勉強しています。國分功一郎さんの『中道態の世界』で〈思考は言語に準備される〉という考えを知りました。複数の言語で思考できるようになったら、ひとつの言語だけでは見えないものが見えるようになるんだろうな」

「三省堂の『新明解国語辞典』の言葉の捉え方が好き。創作に行き詰まったときは適当に開いて目についた言葉やその定義から、考えの糸口を見つけます」(写真:武藤奈緒美)

わからなさを怖がらないで

 実際に起きたデモについて書くことに、ためらいや葛藤はありましたか。

「受賞し、この小説が世の中に出るというタイミングで悩みました。そもそも主人公が体験したことは、自分が頭の中でシミュレーションしたもの。他者を描くということ自体が不均衡で暴力的だと思います。しかも自分は、日本に住む日本人で、国籍があって、表現や移動の自由が保障されているという点ではマジョリティ。一方、香港にルーツを持つ人々は、その自由が現在進行形で揺さぶられている人たちで、その点においてマイノリティなんですよね。この小説が本に載って、これを香港の人たちが読む可能性もあるんだと気づいたとき、マジョリティがマイノリティを描くという暴力性がリアルに迫ってきました。

 でも、そもそも私たちが何も傷つけずに生きていくことは不可能。ハン・ガンの『菜食主義者』(きむふな訳)で書かれていたように、食べることひとつとってもそうですよね。それでも生きていこうと思ったら、傷つけている事実を背負っていくしかない。けれど、この考えもまだ途中。最低でもあと10年は考え続けて、この問いと向き合っていきたいです」

 有賀さんが共生について考えを深める一方、今、日本も世界も差別や排斥のムードが高まっています。

「差別をする人たちって、わからなすぎて怖いんだと思います。まったく異なる文化で育ってきた人々が自分たちの場所へ入ってくる、そのわからなさが許せないから、『日本から出ていけ』といった言葉が出てくる。けれど、わからないままでいいんだよ、と言いたい。わからないまま、相手がそこにいるということを認めるだけでいい。誰も他者の存在を否定することはできないんだから」

この春から美大生になった。「構内の好きな場所でパフォーマンスをする、という課題が出たときは、詩を朗読しました。自分は表現の中でもとくに言葉にまつわるものに惹かれるようです」(写真:武藤奈緒美)

〈今〉を面白がりつづけたい

 自身の才能を信じていますか。

「才能って、あり得たかもしれない可能性を閉じる言葉だと思います。みんな、才能を努力では達成できない領域だと思っているけど、タイミングだったり、やり方だったり、後天的に手に入るものがたくさんある。なにかで成功した人は才能が備わっていたのではなく、うまくいった結果論として『才能があったんだね』と後付けされただけなんじゃないかな。
 ただ、だからといって、夢に向かって努力しない人を責めるのも違う。努力するには周囲の理解やお金、安定した国家情勢などの環境が必要で、その環境は自分で選べるものじゃない。私たちが夢に対してできることは、『才能ないから』と諦めることでもなく、『頑張ればできる』と努力を押し付けることでもなく、一人でも多くの人が、自分の環境ややり方を自由に選べる社会を作っていくことだと思います」

 有賀さんにとって「小説を書く」とは。

「世の中に何かを伝えたくて、というよりは自分を納得させたり、思考を整理したりするために書いているんだと思います。それは小説だけでなくあらゆる表現がそう。自分は何かになりたいと思ったことはなく、〈今を面白がりたい〉と思って生きてきました。その面白さというのは、日常の中の新しい発見のこと。そしてそれを保存する手段が表現だと考えています。自分は、作家になりたいというより表現をし続けたい。自分が感じた面白さ、恐ろしさを、表現することによって保存したいんです」

 有賀さんの深い考えを聞けば聞くほど、「まだ若いのにすごい。それに比べて私は今まで何をしてきたんだ」と途方に暮れる。
ご自身の若さについてどう感じていますか。

「自分は、直線的な時間では生きていないんです。過去から現在、現在から未来へと年老いていくという流れではなく、その時その時の〈今〉があって、その〈今〉もあっち行ったりこっち行ったり、変化し続けているイメージ。だから、若さや老いにあまり興味がありません」 

 そういえば有賀さんは一度も「若輩者ですが」というような謙遜をしなかった。代わりに何度も「個人的な考えですが」とことわりを入れた。

 小説家になりたい人へアドバイスを。

「小説家になるために自分を変えないでほしい。肩書を目指すことによって、それに縛られてしまったり、大事な問いが見えなくなってしまってはもったいない。自分も、小説家ではなく、若者代表でもなく、いつまでもむき出しの人間でいたいと思います」

 まだ私の半分も生きていないこの人には、わからないことがいっぱいある。
 本当は私だってそうなのに、面倒な気がして、怖い気がして、わかってるふりで生きてきた。
 有賀未来が小説家になれたのは、若い感性があるからでも意識高い系だからでもなく、わからないことをわからないまま、面白がることができたからだった。

【次回予告】連載のバトンは18歳の有賀さんから91歳の阿刀田高さんへ。 特別版「小説家になりたい人が、小説家を終える人に聞いてみた」と題し、『掌より愛をこめて 阿刀田高さいごの小説集』をもって小説家引退を発表された阿刀田さんにお話を伺います。