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「万引き家族」書評 傷を負った魂 自己救済の旅へ

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月23日
万引き家族 著者:是枝 裕和 出版社:宝島社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784800284075
発売⽇: 2018/05/28
サイズ: 19cm/276p

万引き家族 [著]是枝裕和

 「そして誰もいなくなった!」。家族など最初から存在していなかった。存在していると思うのは幻想である。われわれは家族という虚構をさぞ現実の所有物だと信じて後生大事に守ろうとしている。こういうことがすでに虚構なのだ。
 小説や映画の中に描かれている家族を本物だと信じようとしている。最初から家族は崩壊しているということを隠蔽したうえでの約束事だ。つぎはぎだらけの家族を修復しながら、さもここに幸福があると小説や映画は語る。現実を虚構化して現実の家族から逃避しながら、道徳や倫理をふりかざし、真実から目を逸らすのである。
 本書はそんなニセ家族を見事に解体してくれた。そして本物の生き方を示そうとした。そのために、家族のひとりひとりは犠牲を払わなければならなかった。本書の前半は現実を幻想のように生きる姿が描かれるが、後半になるに従って小さな傷口〈亀裂〉が開き始める。その傷を必死にふさごうと、家族は思いっきり幸福と平和を擬態する。
 だけど人間の世は容赦しない。天上からの視線は人間の視線を遮る。足元から余震が起こり始める。やがて本震は音を立てて虚の亀裂の中に落下していく。
 そして解体された家族はひとりひとりが強烈な感傷と対峙しながら、傷を負った魂と化して自己救済の旅に立とうとする。地上の引力から離脱して魂の故郷〈宇宙〉へと。人間の悟性がこれほどまでにニヒリスティックに造形された物語は知らない。うそ偽りのヒューマニスティックな〈家族〉は、この「万引き家族」によって封印された。
 まだ映画は観ていないが、僕はまるで自分が監督になったような気分で本書を映像化し、演出しながら、創造していたのである。表現の肉体化とは、もしかしたらこういう行為を促す力をいうのではないだろうか。僕は「万引き家族」に感謝したい気持ちになっていることを白状したい。
    ◇
 これえだ・ひろかず 1962年生まれ。映画監督。本書は今年のカンヌ映画祭で最高賞を受賞した同名作品の小説化。