ISBN: 9784087700213
発売⽇: 2025/10/24
サイズ: 13.4×19.4cm/576p
「ウロボロスの環」 [著]小池真理子
最初から、愛よりも打算が勝っていた。前夫と死別し、寡婦となった彩和(さわ)が選んだのは、十八歳年上の俊輔で、それは「色恋とは初めから無縁」の再婚だった。幼い娘に人並みの暮らしをさせてやりたいと願う一心から、彩和は「俊輔との運命的な出会いに飛びついた」のだ。
もうね、このスタート時点からして既に不穏じゃないですか? 主人公である彩和自身の気持ちはどうなるの? 娘さえ幸せなら、それでいいの? どことなくモヤッとしたものを心に残しながら読み進めていくと、やがて、その不穏さがゆっくりと形を持ち始める。
俊輔との暮らしは、経済的な安定を彩和と娘の羽菜子(はなこ)にもたらす。それだけで良かった。それが彩和の望みだった、はずだった。けれど、俊輔の秘書兼運転手である野々宮との距離が、ふとしたきっかけで近しくなったことから、彩和、俊輔、そして野々宮、三人それぞれの苦悩が始まる。
あくまでもプラトニックな彩和と野々宮なのに、二人の関係に疑心暗鬼となり、アルコールに溺れていく俊輔。言葉を重ねても俊輔に信じてもらえず、心に空虚を積み上げていく彩和。若者らしい一途さで、彩和を慕う野々宮。
彩和の、俊輔の、野々宮の心の動きが、繊細な手つきでトレースされていて、物語を読むというより、描かれていることどもの共犯者のような気持ちになってくる。どうかこの〝煉獄(れんごく)〟から、三人が抜け出せますように、と願う気持ちをよそに、グラスの縁から水が溢(あふ)れ出してしまうその瞬間がやって来る――。
ウロボロスとは、「ものごとが終わることなく永遠に巡り続けることの象徴」だ。巡り続けることは十字架でもあり、救いでもある。幸福な日々も悲しみの日々も、連なりながら、その先へと続いていくのだ。
物語に没入する喜びを味わいたい人には文句なしにお薦め。さぁ、読むべし、読むべし!
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こいけ・まりこ 1952年生まれ。作家。95年に『恋』で直木賞、2013年に『沈黙のひと』で吉川英治文学賞。