- 上野歩『キリの理容室』(講談社)
- 千早茜『クローゼット』(新潮社)
- 島本理生『ファーストラヴ』(文芸春秋)
ほぼ10年近い“沈黙期間”を経て、2011年、再び始動した上野歩さんは、以後、鳴物師や削り屋、型屋といった職人の世界を描いてきた。そんな彼の新刊が『キリの理容室』だ。
ヒロインは神野キリ、20歳。自分と父親を捨てて、恋人の元に走った理容師の母親を見返すために、自らも理容師の道を選んだキリ。けれど、キリは顔剃(そ)りは抜群に上手(うま)いのに、肝心のカットがどうにもいま一つ。理容師の国家試験も、カッティング技術試験だけは「ぎりっぎりのぎりぎりセーフ」。
そんなキリに恩師が紹介したのは、高齢の女性オーナーが一人で切り盛りする「バーバーチー」だった。キリの母親がかつて勤めていたその店で、キリはプロとしての道を歩み始める。
美容師ではなく理容師、という設定がいい。キリの顔剃りの描写が本当に気持ち良さそうで、実際に理容室に行ってみたくなるほど。専門学校の同級生アタルとのほのかな恋バナも良し。
千早茜さんの『クローゼット』は、18世紀から現代まで、1万点以上の洋服が眠る美術館で、洋服補修士として働く纏子(まきこ)と、彼女と同様に洋服を愛している芳(かおる)の物語。
全編お洋服への愛とリスペクトに満ちていて、それだけでも美しい世界を作り上げているのだが、本書の肝は、纏子の親友であり、纏子の庇護者(ひごしゃ)のような存在である晶が纏子に言う、「あなたの身体に触れていいのは、あなたが選んだものだけ」という言葉だ。晶のこの言葉は、男女問わず、生きていく上での、とても大切な基本である。
島本理生(りお)さんの『ファーストラヴ』は、就職活動の面接の帰りに、画家の父親を刺殺した聖山環菜の物語。彼女の事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼された臨床心理士・真壁由紀が事件の真相を追っていくうちに、見えてきたものとは――。
本書で描かれているのは、家族という関係性における、精神的な支配と被支配である。支配され、抑圧され続けてきた環菜の、声にならない怒りや悲しみが、ひりつくように切ない。環菜とはある意味合わせ鏡のような、由紀の家族と由紀自身のドラマも読ませる。=朝日新聞2018年7月15日掲載