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過労自死社会 働き方の前に生き方考えよう

朝日を浴びて会社に向かう人たち=東京都千代田区

 電通の新入社員を殺したのは、会社と社会だ。自死事件の悲報に、私はそう考えた。
 私も会社員の頃、死にたくなったことがある。過労で何度か倒れた。倒れる前は、酒の量が増え、朝がつらく、電車に乗るのも嫌だった。抑鬱(うつ)状態だと診断され、休職したこともある。異動後、慣れない業務と、今までと違う組織風土に戸惑っていた。「嫌なら会社をやめろ」と言う人がいるが、実際はそう考える余裕もない。それでも会社は大事な居場所に思えた。

労働環境が劣化

 我が国は過労大国だ。『平成28年版過労死等防止対策白書』(厚生労働省、http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/karoushi/16/)を読んでみよう。日本の労働社会の問題点が凝縮されている。過労で苦しむ人、亡くなった人とその遺族の魂の叫びが聞こえてくる。
 白書とともに手に取ってほしいのが『雇用身分社会』(森岡孝二著、岩波新書・864円)と『ルポ 過労社会』(中澤誠著、ちくま新書・886円)だ。前者は雇用形態に関わらず、労働環境が劣化していることを明らかにしている。後者は過労社会を捉え、改革案を装った労働者不在の政策に警鐘を鳴らす良書だ。
 本題の過労自死についての必読書は、『過労自殺 第二版』だ。今回の自死事件だけでなく、1991年にも起こった電通事件を担当した弁護士による決定版だ。問題提起、事例だけでなく、「自殺予防の10箇条」など具体的な対処法まで示した。自死には、会社への献身から殺される側面があることがわかる。
 私は復職後、しばらく時短勤務だったが、相変わらず自分が役に立っておらず、必要とされていないと感じる状態がつらかった。上司や同僚のパワハラまがいの言葉や無言の圧力に苦しんだ。職場とは修羅場だ。失われたのは尊厳だ。私は結局、会社を辞めた。未練は皆無だ。

尊厳守る改革を

 明日は我が身と思う人、周りに倒れそうな人がいることもあるだろう。助けとなるのが、お笑いコンビ松本ハウスの本『統合失調症がやってきた』と、『相方は、統合失調症』(松本キック著、幻冬舎・1404円)だ。メンバーのハウス加賀谷は統合失調症だ。人気に火がついた頃に、飲む薬の量が増え、ついには自死未遂事件を起こし、精神科病院に入院する。10年にもわたり待ち続けた相方の松本キック。活動再開後も道のりは平坦(へいたん)ではなかった。大事な人のサインをどう読み取り、伴走するか。ヒントに満ちた本だ。
 こんな時には働き方だけでなく、生き方を再考するべきだ。『頑張って生きるのが嫌な人のための本 ゆるく自由に生きるレッスン』は友人の自死を機に書かれた、気鋭の作家によるエッセーだ。著者の緩く、優しい言葉が心にしみる。
 私は、「人はなぜ働くのか」という問いと向き合い続けているが、自分自身は仕事の優先順位を下げ、「社畜」から「家畜」に変身した。居心地は最高だ。
 自死に至る前に鬱を患う人は多い。『サブカル・スーパースター鬱伝』(吉田豪著、徳間文庫カレッジ・810円)は、みうらじゅん、リリー・フランキー、大槻ケンヂらサブカルの著名人が、スランプや人間関係のトラブルなどで鬱になった時、どのように乗り越えたかをまとめたものだ。いま鬱で苦しんでいる人も、いつか笑い飛ばせる日がくることを信じてほしい。
 時代は「働き方改革」の大合唱だ。しかし、ワクワクしない。労働者の尊厳に無頓着だからだ。労働者不在の「働かせ方改革」だ。働き方の前に、生き方だ。
 会社や仕事で人が死なない、誰もが安心し認められて生きる「一億総安心労働社会」を創造せよ。殺すな。生きさせろ。=朝日新聞2016年11月27日掲載