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危うい政治状況 理解する必読書 朝日新聞読書面書評から

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月04日
丸山眞男集別集 第4巻 正統と異端 1 著者:丸山 眞男 出版社:岩波書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784000928045
発売⽇:
サイズ: 22cm/468p

丸山眞男集 別集 第四巻 正統と異端 一 [著]丸山眞男 [編]東京女子大学丸山眞男文庫

 「正統と異端」は『近代日本思想史講座』全8巻中の1冊として構想され、ついに刊行を見ずに終わった幻の書物である。企画の中心的役割を担った丸山眞男がこの巻を準備したのは、おそらく満を持してのことであったろう。日本政治思想史を正統と異端という視角で読み解くことは、思想史を発展的、単線的変化と見がちであった戦前の「日本思想史研究」を克服する一つの道でもあった。
 そのうえ、正統と異端が分岐し、また相互に関係し合うさまは、キリスト教やイスラム教などと、ある共通するパターンをもつように思われた。このパターンを析出し、その下に、封建時代の思想だけでなく、近代日本の正統と異端のダイナミックな関係を考えてみよう、というのが丸山の出発点である。
 当初のプランでは、丸山が総論を担当し、それを承けて、研究をともにする石田雄と藤田省三が正統と異端のそれぞれ一方を軸にして、近代日本の思想を論じる手はずになっていた。本書は、このようなプランに沿って、断続的に続けられた共同研究の膨大な資料の中から、丸山が担当する部分の報告とそれをめぐる討論を抽出して成ったものである。
 この間に発表された論文「闇斎学と闇斎学派」では、正統の二つの意味、すなわち教義・ドグマの正統(O正統)と政治支配の正統(L正統)の二つの概念が提示され、「歴史意識の『古層』」や「政事の構造」などの論文にも、「正統と異端」の問題意識が投影されている。
 「正統と異端」は丸山の死をもって未完に終わったが、背後にある問題の切実さまでしぼんだわけではない。政治意識の古層(「政事の構造」)によれば、政治は支配者の被支配者に対する統治ではなく、天皇に対する「奉仕の献上」と観念されてきた。しかも権力は下降し、幕府政治では執権や側用人が実権をもつに至る。「御内方」と呼ばれるこれらの「私的」な権力は、現代日本では消失したといえるだろうか。
 今日、古層は歴史の表面にふたたび隆起し、戦前の国体も国柄と名を変えて再出現している。人権や人民主権という普遍的価値を否定して日本的特殊性を強調する新国体は「日本即世界」、すなわち「日本スゴーイ」という自己陶酔を通じてしか世界化しえない。それにまつろわぬ者、あるいは外国人には罵声が浴びせられる。
 正統と異端という分析視角は、天皇制国家と違う今日の大衆社会状況の中では確かにいくつかの補助線を必要とするだろう。にもかかわらず、本書は今日の危うい政治状況を理解するための必読の書物といえるだろう。
    ◇
 まるやま・まさお 1914~96年。政治学者・思想史家。元東京大名誉教授。著作をまとめた『丸山眞男集』全十六巻・別巻一と、その続巻の『別集』第一~三巻が刊行されており、本書はその第四巻。