『異セカイ系』は、第58回メフィスト賞を受賞した、名倉編(あむ)のデビュー作だ。ファンタジー小説をネットに投稿中の名倉編(著者と同名)は、ある日、自分の小説世界に入ってしまう。最初は能天気に自作を追体験していた彼だが、話が進めば登場人物が死んでしまうことを思い出し、物語を改変しようとする……。
批評家・東浩紀が運営するイベントスペース・ゲンロンカフェで評論家・大森望を講師に行われたSF創作講座の受講生だった著者だけあり、本書は複数のジャンルと先行作を意識的に踏まえた作品だ。近年、流行の異世界召喚ものと、それを支える小説投稿サイトを出発点に、創作を通じ現実を改変していくメタフィクションSFへと発展させたかと思えば、本格ミステリーのごとく「挑戦状」を突きつけてくる。軽快な関西弁の一人称に罠(わな)を仕掛け、超常のロジックで読者の足下をひっくり返す展開の連続は、まさにメフィスト賞ならではだが、一方、自分語りの激しい青年に、不条理にも世界の命運が委ねられる、という点はタイトル通り「セカイ系」と呼ばれた作品の特徴もそなえている。とにかく内容の要約さえも難しいのだが、それでも無理やりにまとめるならば、これは作者と登場人物の恋愛小説なのだと思う。
私たちは、しばしばフィクションのキャラクターに魅せられ、一方通行の恋心を寄せる。だが、もし真にキャラと互いに愛し合うことを求めたら? しかもそのキャラが自分の創作物だったら? 物語の作者は、登場人物の外見や過去はおろか、内面や未来さえ自由自在に書き換えてしまえる。そんな相手と対等な関係を結ぶなど、普通に考えれば不可能だ。だが本書は無謀にも、その不可能に挑んだ。
過去と世界と、そして自分自身のあり方さえも根本から改変し(そして、同様の問いに挑んだ先行作を参照し)愛するキャラと結ばれる方法を模索する。数々の仕掛けも尋常ではない論理もすべてはそのための手段なのだ。悩み苦しみながら、一途な思いを貫いた、愛と青春の物語。「セカイ系」についての著書を手がけたこともある人間として平成最後の夏に、こんな作品と出会えたことをとてもうれしく思う。=朝日新聞2018年8月25日掲載
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