『医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者』 [編著]大竹文雄、平井啓
医療現場での患者の意思決定には心理面からさまざまなバイアスがかかり、合理的な選択ができるとは限らない。
「医療者と患者のすれ違い」を埋めるため、人間心理を重視する行動経済学の、医療への応用研究プロジェクトの成果をまとめたのが本書だ。
がん治療、高齢者医療など多様な応用例が紹介されるが、印象的なのは「ナッジ」(軽く肘〈ひじ〉でつつく)という手法だ。患者に働きかけて、よりよい「健康行動」へと導く。
例えば、大腸がん検診を毎年受けてもらうにはどうすればいいか。東京都八王子市では前年の受診者に便検査キットを自動送付する仕組みを採用。対象を2群に分け、今年度も受診すれば来年度も送付する、しなければ来年度は送付しない、と2通りのメッセージをそれぞれに送った。
人には、利得より損失を大きく感じ、損失を避けようとする損失回避性がある。前者のメッセージは利得だが、後者は損失となり、こちらの方が受診率は高まった。
医療者向けの本だが、医療者を売り手、患者を顧客と置き換えると顧客の購買行動に適用できる。命に関わる問題を通して行動経済学を習得。自分が患者になった際の意思決定の仕方の参考にもなる。勝見明(ジャーナリスト)=朝日新聞2018年9月1日掲載