王子とツバメをずっと探していた
――俳優、声優、エッセイと豊かな才能をお持ちの室井さん。絵本作家の肩書もあり、新作『すきま地蔵』は8作目になるのですね。困っている人たちを助けるために「ボク」が奮闘する姿、見守る「すきま地蔵」の眼差しに、どことなく昔話のような温かみがあって、深い印象を残します。
室井:ずっと「『幸福の王子』みたいな物語を現代版で書きたい」って思っていたんです。でも、なかなか王子とツバメがいないなぁって。ずっとずっと思っていて。
――『幸福の王子』は、アイルランド出身のオスカー・ワイルドによる、子ども向けの短編小説。町の中心部に建つ王子の像が、渡り鳥のツバメとともに、苦しみや悲しみにくれる人々のために身を呈して助けていく物語。寂寥感のあるラストが胸を打ちます。
室井:どうしようかなあ、って思っていた頃に、あたし、愛猫を亡くしてしまいまして。その猫を火葬場に連れて行って、お骨になった猫を膝に抱いてぼんやりしていた帰り道に車中から、ちょうどビルとビルの間に挟まれて居心地悪そうなお地蔵様と目が合ったんです。
――「すきま地蔵」! まさに。
室井:その瞬間、「あ、『幸福の王子』だ!」って思ったの。ピンと来て、家に帰った時に、猫が長患いして臥せていた部屋の窓を開けたんですね。そうしたら、庭のモミジの木がパアッとあって、花が咲いていた。見たことなかったので、あたし、ちょっと感激しちゃって。「モミジって花が咲くんだ」って驚いた。
――何色の花なんですか?
室井:なんかピンク色の、赤ピンクみたいな。昼間に見るとちょっと赤っぽいんですけど、夜に見るともうちょっと白っぽい感じ。小っちゃい花が、もう本当にホワッとした小花がいっぱい。桜が散って、そのあとぐらいに咲くんですねぇ~。それで、何かその、「キンちゃん」(猫)を亡くして、「すきま地蔵」と目が合って、家に帰ってきて窓を開けたらモミジの花がパアッと出てきたまでの一連の感覚が、自分の考える『幸福の王子』にならないかなと思って。当時の気持ちが、言ってみればこの本の最後の鯉のぼりのシーンなんですね。それまで考えていたことが、するするするって繋がって。この本の「ボク」がツバメなんですよ、お地蔵さんが「幸福の王子」で。それでするすると書けちゃった。
7年前の絵本「しげちゃん」からの共同作業
――長谷川さんは、室井さんのその構想を最初に聞いた時、どのような感想を抱いたのですか?
長谷川:最初はそんな構想、ボクは聞いていません。
室井:あっはっは。そうです、そうです。
――なんと! おふたりは、どういう手順で『すきま地蔵』の絵本をつくり出していったのですか?
室井:私が文章を書き上げて、編集者との間でゴーサインが出た段階で、初めて長谷川さんに見てもらって。
長谷川:僕は、ほぼ出来上がった原稿を読んで、絵本のページって(頁数が)決まっていますから、「このページで、どんな絵になるのかな」っていうのを、下描きを描いて仕上げていく。途中で1回見てもらった時点で、さっき室井さんがおっしゃっていた構想、「こういうイメージでこの話を思いついたのよ」っていうのを教えてもらった。それで多少手直しをして、本描きに入っていったんです。
――室井さんと長谷川さんは、2011年に出版されて今ではすっかり定番化した室井さん初の絵本『しげちゃん』から、ずっと共作をされていますね。今作で7冊目。そもそも、おふたりの出会いのきっかけは?
室井:私が「週刊文春」で「すっぴん魂(こん)」というエッセイの連載をしていて、イラストを描いてもらう際に、900人ぐらいのイラストレーター名鑑から「この人の絵が好き」と思ったのが長谷川さん。大阪(在住)でしたが、お願いしたら、快く引き受けて下さった。
長谷川:ただ、連載12年間の中で、3回しか会ったことなくて。
室井:文春の忘年会とかね。家も離れていますから、交流がなかったんです。連載をやめる時、「長谷川さんにご挨拶しなきゃ」と思って、ちょうど東京で個展をなさっていたので挨拶に行こうと思ったら、長谷川さん、この12年間に絵本作家としてとても有名になられていて……。ビックリしていたら、金の星社の編集者が「絵本、お好きなんですか?」って。「全然」って答えたのに「もし良かったら書いてみませんか」。「ええ?」って思ったんですけど、「でもまあ、挑戦してみよう」。そうしてできたのが『しげちゃん』だったんです。
長谷川:それ以降は、ほぼ年1回、毎年のように共作を続けてきました。
絵本に必要なのは「どんぴしゃりの言葉」
――絵本を創作する上で、エッセイなどの他媒体とは異なる執筆ポイントはありますか。というのも、『すきま地蔵』を今回読んだ時に、「ああ、この本で読み聞かせをしたら楽しいだろうな」って直感を抱いたんです。テンポの軽妙さ、ページをめくっていく楽しみ。そんなことを強く感じました。
室井:エッセイでは、例えば原稿用紙4枚とか7枚、十何枚とか決められたものに、どのぐらいのものを詰め込むか、というのがある。「無駄を省く」とか、「ここのシチュエーションをわりと大きく書こう」とか、強弱は絶対つけなきゃいけない。絵本というものを始めた時、エッセイとは違うリズム、それから言葉の選び方、「これじゃなきゃダメ」という「どんぴしゃりの言葉」があるんだなあ、って。
――「どんぴしゃりの言葉」。他の文言では言い換えられない。
室井:最初は分からずに書いていた。本当は、どんなふうに書いたらいいのか、まだまだ分かっていないことがいっぱいある。「子どもさん対象」どうこうは、あたしの中でそんなに無いんですけど、ただ、なるべくなら言葉を減らし、だけど、きちっと伝わってほしい。
長谷川:うんうん。
室井:絵本って、歌と一緒で何回も何回も読んでもらうもの。エッセイって1回読んだらおしまいだったりすると思うんですけど、絵本はそうじゃない。小説なんかは、長編だといくら好きでも生涯何十回も読まないじゃないですか。でも絵本って、何十回も読む。だから、あの、それだけ言葉に対して、「これじゃなきゃいけない」というような選択をきちっとできていないと。表現の仕方を考えなきゃ、ということが、少しずつ分かってきたんです。
――創作を共に重ねていく上で、おふたりは、お互いのどんなところが美点だと思っていますか?
室井:美点? 作品のことですか? 人間のことですか? 人間は……、あっはっは。
長谷川:そうかあ……。
室井:人間は置いておいて、絵のことで言うと、あたし、すごく絵はヘタクソなんですけど、絵を見る眼は自分ではあると思っていて。長谷川さんって、凄い才能の持ち主だなって。「絵のチカラ」って言うのかな。子どもたちにこれだけ人気が出るのも、単に上手いとか下手ではなく、引き寄せられる「何か」があるから。子どもって、小さければ小さいほど余計なことを考えない。そういう「何か」が(長谷川さんには)分かるというか。絵って「視点」じゃないですか。どういう切り口で世の中を見ているかが表れる。そういう意味で言うと、長谷川さんはとても、尊敬していますし、「あたし好み」です。……ちょっとほめ過ぎかな。そういうかたに描いてもらって良かったですね。
親子3代で楽しめる「しげちゃん一座」を旗揚げ
――長谷川さんは、室井さんってどんなところが凄い人だと思いますか。
長谷川:同じように褒めればエエの?
室井:あっはっは。
長谷川:あの、絵本を描いて「しげちゃん一座」で回るようになってから、こんなに頻繁に会うようになって。
室井:そう。文春連載時は12年間で3回しか会っていないのに、今、年間30~40回。
――絵本『しげちゃん』発売を記念し、「しげちゃん一座」を2011年に旗揚げしました。メンバーは4人。室井さん、長谷川さんのほか、サックス・フルート奏者の岡淳(まこと)さん、ピアニストの大友剛さん。公民館や学校、ホール、神社・寺院など、人数や場所の垣根をすっ飛ばしてライブを続けています。今年も精力的に巡回中。年間30~40回とは、何だかもう、旅芸人のような……。
長谷川:「しげちゃん一座」でステージやらせてもらうと、まあ、大女優さんやし、いろんな声を出して、お客さんもビックリするし、僕も横で一緒にやっててビックリするんですけど。そんなことはまあ、室井さんにしたら当たり前のことで。それより僕は、何か分からん人間力にビックリしますけど。
――人間力。みんなを惹きつける、ということ?
長谷川:みんなを惹きつけるし、楽しませるし、なんか面白いことがしょっちゅう起こるし。傍にいたら幸運。雨でもやんだりするんですよ。
室井:はっはっはっ。
長谷川:室井さんが「ちょっとあたし、東京に戻らなきゃ」って言って帰ったら、いきなり大雨が降ってきたとか。「台風で飛行機降りられないんじゃないか」ってところを、雲の切れ間で降りられて、次の便から欠航になったりとか。
――ちょっとオカルトっぽいお話の展開に……。
長谷川:神がかり的な人間力、凄い人やと思う。室井さんと出会ってからは、「おこぼれ」のようにラッキーなことがある。……褒めてるにならへんな(笑)。
室井:褒めてる、褒めてる。大丈夫。
長谷川:「しげちゃん一座」は、小っちゃい子どもさんから、幼稚園ぐらいの子どもたちから、親子3代、お父さんお母さん、お爺ちゃんお祖母ちゃんまで、観にきてくれることが多いんです。(他の劇団・楽団には)あんまり無いと思うんですね。子ども向けなら大人ほったらかしってなると思うんですけど、全然それ関係なく、誰もが楽しんでいただけるステージ。やっぱり、室井さんの朗読は、ちょっと……、ちょっと、レベルが違う。うん。
室井:はっはっは。
長谷川:うん。……ので、ぜひ、1回体験していただけたら良いと思う。面白いんで。音楽も入りますし、はい。
全国津々浦々に笑顔を届ける
――東京・下北沢で開催した「しげちゃん一座」を観た時、じつに幅広い層のお客さんたちが大笑いしていました。私も腹を抱え、最後にはホロリとさせられた2時間でした。ネタバレ厳禁ですが、お客さん参加型のコーナーがあったり、大喜利があったり。ド迫力の朗読、本格的な歌、即興描画を盛り込んだ、エンターテインメント。
長谷川:メンバーのうち、あとの2人はプロの音楽家ですからね。
室井:下北沢は小さいハコで300人ぐらいのところでしたけど、大きいところでは2000人のホールとか。あるいは廃校になる寸前の学校の講堂や、お寺でもやらせてもらいました。全然こだわりなく、どこででもやるんです。場所に応じてメニューを多少変えているんです。受け入れ側の主催者から「ちゃんと照明が当てられないんですよ」って言われて、「別にいいですよ、照明なくても」って返したら、「良かったー。照明1個借りると8000円するんで」とか。地元の美容師さんにヘアメイクをお願いしようとしたら、その町に美容院がなくて、床屋のおじさんが来たりとか。そのこと自体も面白いし、楽しんでいますね。
――客席で喜ぶお客さんの反応って、舞台上でもじかに伝わるものなんですか?
室井:そうですね。終わってからロビーでサイン会をやると、たくさん並んでくださる。泣いているお客さんもいらっしゃる。演目の、どこの部分でというのは各々捉え方が違うんですけど。「次はどこに行ったら見られますか」って言って下さったり、「今度、孫が来なくても私だけで来ます」とか。
長谷川:嬉しいですよね。うん。
――まさに『すきま地蔵』のおつかいの「ボク」のように、東奔西走。絵本の持つ魅力が広がることで、全国に笑顔が広がりますね。ああ、詳しくは書けないけれど、「パンチパーマ」の曲のリフレインが頭から離れない。おならをテーマにした、或る絵本のクライマックスも忘れられない。
室井:ホント、自分にとって「しげちゃん一座」は、ライフワークのようなもの。全国津々浦々で皆さんに喜んでいただけたら嬉しいです。