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「カルピスをつくった男 三島海雲」書評 大陸と戦争が生んだ国民飲料

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月08日
カルピスをつくった男 三島海雲 著者:山川徹 出版社:小学館 ジャンル:伝記

ISBN: 9784093897778
発売⽇: 2018/06/15
サイズ: 20cm/351p

カルピスをつくった男 三島海雲 [著]山川徹

 カルピスはモンゴル生まれ。知名度に比してその発祥はあまり知られていない。後にカルピス社を設立する三島海雲は大阪の浄土真宗の寺に生まれた。仏教大学を中退し、北京東文学社で教鞭をとる傍ら、授業料無料を掲げた学社の資金難を補うべく商売を始める。周囲には大陸浪人と呼ばれた人びとも多かった。三島は学社を去り、商売を選ぶ。日露戦争開戦で需要を見込んだ軍用馬を求めてモンゴルへ渡った際に出会ったのが、カルピスのモデルとなった乳製品だった。
 国の大陸進出と戦争という時代の中で発見、商品化され、軍需物資としても需要があったが、三島がカルピスにこめた健康増進への思いは純粋だった。昭和31(1956)年の講演では、国民を真に豊かにするものは何か、と訴え「原子力研究の何百分の一で足りるのです」と乳酸菌や微生物研究の経済性と必要とを説いている。
 後半に描かれる、一人息子克騰とのすれ違いが印象的だ。克騰が戦後社長になることはなかった。昭和38(1963)年、日露戦争勝利の海軍記念日にカルピスの広告を打とうとする三島の計画を息子はつぶしている。三島にとって日露戦は感激の記憶だったが、満洲カルピスの社長として奉天で終戦を迎えた克騰は、青酸カリと一緒に飲むから、と求める人びとにカルピスを渡した苦い過去があった。共にカルピスを愛しながらも、父子が見てきた景色の違いが距離を生んだ。
 本書が触れるのは過去のモンゴルだけではない。馬からバイクへ、テレビに携帯、金の要る生活のため草原を離れる人が増え、荒地が増えたモンゴルの現在。著者が初めてモンゴルへ向かう途中に出会ったモンゴル人も、欧州や中国で売春せざるを得ない遊牧民女性だったという。三島は「国利民福」という言葉を好んだというが、三島の知らないモンゴルの現状に、社会の発展とは何か、答えの出ない問いが残される。
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 やまかわ・とおる 1977年生まれ。ノンフィクションライター。著書に『それでも彼女は生きていく』『東北魂』。