100冊の「はじめの一歩」とともに五輪目指して上京
ビルの3階ほどの高さまで跳躍し、美しく、ダイナミックな空中演技で魅せるトランポリン。日本男子のホープとして活躍が期待される岸大貴さんは、大学を卒業した昨年の春、「オリンピックを目指して厳しい環境に身を置くために」故郷の石川県から上京した。段ボールいっぱいに詰めた、大好きな漫画『はじめの一歩』と一緒にーー。
出会いは中学のとき。通っていた整骨院に置いてあった『はじめの一歩』を、なんとなく手に取ったという岸さん。もともとボクシングを観るのが好きだったこともあり、「読み始めたら、止まらなくなった」。
「主人公の一歩だけじゃなくて仲間やライバルたちのいろんな試合があって面白いんです。練習や減量のやり方、それぞれの心の動きも細かく描かれているから、どんどん物語に引き込まれました。ボクシングにかけるキャラクターたちが単純にカッコ良くて、その姿に感動したり励まされたりもする。『はじめの一歩』は、僕に勇気をくれる漫画。だから、上京するときも持っていくと決めていました。その時すでに100冊以上あったので、その段ボールだけすごい重くて底が抜けそうでしたけど(笑)」
そんな岸さんが憧れるキャラクターが、鷹村守。傍若無人な性格と怪物的才能を持ち、無敗記録を更新中、6階級制覇を目指すミドル級世界チャンピオンだ。一歩たち後輩をボクシングに導き、その背中で「強さ」を示し続ける人物でもある。
「鷹村の圧倒的な強さに憧れます。なにがあっても絶対に勝つところがうらやましくもありますね。人格的にはぶっ飛んでいて問題があるけど、そこも好きです。僕のイメージでは、現実でもすごい強い人ってだいたい曲者だと思っているので、納得できるし(笑)。普段めちゃくちゃな鷹村が、ボクシングに対しては誠実で努力家っていうのもカッコイイし、鴨川会長との師弟愛も泣けるんですよ!」
「努力が報われるとは限らない」にしびれる
鷹村が初の世界タイトルをかけて激闘した「ブライアン・ホーク戦」。その試合前、鴨川会長が鷹村にかけた言葉に、岸さんは自分を重ね合わせて何度も励まされてきた。
努力した者が全て報われるとは限らん しかし! 成功した者は皆すべからく努力しておる!!(略) キサマが積み上げたモノが 拳に宿る!!『はじめの一歩』42巻より
「初めてこのセリフを見たときは、しびれました。努力が報われるとは限らない、と言われているにもかかわらず、背中を強く押されて。僕のトランポリン人生のゴールは、オリンピックでメダルを獲ること。そこにたどり着くには、ただ努力するだけでは足りない。周りの選手を上回る“圧倒的な努力”が必要なんだと、あらためて感じましたね。読み返すたびに勇気づけられる言葉です」
鷹村が圧倒的な強さなら、“圧倒的な努力”を体現するのは主人公の一歩だ。岸さんは不器用な一歩が、愚直にひたむきに鍛錬を積む姿に力をもらう一方で、「やり過ぎ……!」と思うこともあるとか。
「一歩は引くくらい練習するんですよ(笑)。果たして僕はこんなに努力できるだろうかと思うこともあるんですけど、僕も一歩みたいに不器用で、ひとつの技を繰り返し練習して身につけていくタイプ。一歩が練習した分だけ強くなる姿は、努力の先の景色を見せてくれている感じがして、やっぱり励まされますね」
作品が続く限り追いかけたい
岸さんが選ぶベストバウトは、一歩のライバルのひとりであるヴォルグ・ザンギエフVSマイク・エリオットのIBFジュニアライト級の世界タイトルマッチ。玄人好みの一戦を挙げるところが、ボクシングファンの岸さんらしい。
「ヴォルグの相手は一歩とはまったくタイプの違うIQボクサー。お互いに5手も6手も先を読んで展開していくハイレベルな頭脳戦で、今までにない感じがすごく面白かったんですよね。僕はあまり頭を使えないので憧れもあって(笑)。初期の頃の試合でいえば、一歩VS千堂武士の日本タイトルマッチも印象的。これは最後、千堂が一歩の勝利を称えるように立ったまま気絶して終わるんですが、その姿がめちゃくちゃカッコイイんです」
『はじめの一歩』は、岸さんの胸をアツくし、競技へのモチベーションを高めてくれる漫画であり、それだけにとどまらない魅力も。鴨川ジムの面々が繰り広げる「しょうもないやり取りがたまらない」と、笑顔を見せる。
「読んでいる人ならわかると思うけど、くだらないギャグとか、鷹村と青木(鴨川ジムのボクサー)の絡みとか、よそ見や死んだふりなどの奇策を使う青木の試合とか(笑)、すごい好きです。『はじめの一歩』はいろんな意味で自分を元気づけてくれる漫画だから、やっぱり特別ですね。一歩がこれからどうなるのかすごい気になるし、作品が続く限り追いかけて、一緒に頑張りたいです」