3歳で競技と出会い、3姉弟そろってトランポリン選手の岸大貴さん。昨年は、全日本トランポリン競技選手権の個人種目で姉の彩乃さんと「史上初の姉弟優勝」を飾り、直後に行われた世界選手権でも団体種目のメンバーとして銅メダルを獲得するなど、大きく躍進した。
「実力はあるけど“惜しい選手”」。ずっとそう言われてきたという岸さん。面目躍如の裏には、幼い頃からの反復練習とメンタルの変化があった。
壁にぶつかっては進歩して、の繰り返し
――トランポリンを始めたのは3歳の時ですね。きっかけはお姉さんですか?
器械体操をしていた両親の知り合いが始めたトランポリン教室に姉が先に入り、僕がその少し後に入りました。ぴょんぴょん跳び上がる感覚がおもしろかったのを覚えています。宙返りができるようになったのは5歳くらいの時かな。それから少しずつ難しいことができるようになって、もっとトランポリンが楽しくなりました。
それで小学生になって全日本ジュニアに出たんですけど、何もできずにボロボロで……。そこから徐々に力をつけて、5年生の時に年齢別の世界大会に出場しました。でもまたここでも全然ダメで、周りの選手との力の差を痛感して……。
――ずいぶん早い段階から、ハイレベルゆえの壁にぶつかってきたんですね。
壁にぶつかって練習してちょっと進歩して、また壁にぶつかって。ずっとこの繰り返しです(笑)。だからこそ、20年以上も続けてこられたのかもしれません。僕は不器用で、技を覚えるのも、完成度を上げるのも時間がかかってしまう。何度も何度も同じことを練習して、ひとつひとつできるようになってきました。
――なんだか、岸さんの好きな『はじめの一歩』の主人公の一歩みたいです。マンガの中で一歩は、反復練習を積み重ねて、ボクシングの動きや感覚を体に染み込ませていましたけど、トランポリンの技を覚える過程もそれと似ていますか?
たぶん同じ感じだと思います。新しい技をやり始めるときは、ひねりや回転などの一連の動きを頭の中でイメージしながら練習していきますが、最初は全然体がついていかないんです。それをめげずに反復していくと、自動化されるように体が動くようになる。それをさらに繰り返していくことで技が体に染み込んで、試合の緊張した場面でも成功させられるようになる。そんなイメージですね。
一歩も練習で鴨川会長のミットをめがけて何度もパンチを打ち込むから、試合の時にそのミットの位置にパンチが自然と出せるようになるし、たまに意識を失いながらパンチしたりかわしたりしてますもんね(笑)。
トランポリン観戦のポイントは演技構成
――トランポリンは10本の連続する技の、高さ、美しさ、難しさなどを採点して、演技点と難度点の合計で争う競技です。岸さんが重点的に磨いてきたのはどの部分ですか? また、どこに注目して観戦すると競技をより楽しめますか?
僕はさっきも言いましたが、たくさんの技を覚えるのが苦手なので、その分、キレイさで勝負してきたつもりです。全体的な話では、現在のトランポリンは演技構成の高難度点化が進んでいて、「トリフィス」と呼ばれる三回宙返りが多く入っているのが見どころのひとつですね。この三回宙返りは連続で3本入れることはわりと普通なのですが、僕は演技の冒頭に4回連続で行い、難度点を上げる構成にしています。世界のトップ選手には、5回連続やトリフィス系の技を6回取り入れている人もいるので、迫力があると思います。
あと、初めて見る人でもわかりやすい要素として、トランポリンの真ん中からずれると減点される「移動点」があります。真ん中で演技するほど高得点が期待できるので、そこも注目していただけたら。僕は比較的、移動点が少ないので、そこも強みだと思っています。
――移動点が少ないのは、空中でのバランス感覚が優れている、ということですか?
バランス感覚というよりは、技の飛び出しですね。トランポリンって、離陸する瞬間の足の角度やタイミングがすごく重要なんです。基礎的な部分ですけど、どの技を行うときもその跳び出しを重視して繰り返し練習してきたので、あまり移動しない演技ができるようになったんだと思います。
――昨年、社会人になって上京されました。競技への意識に変化はありましたか?
かなり変わりましたね。東京五輪に向けて自分を追い込む覚悟で上京し、今所属するポピンズに入社しました。練習環境をいただきながら、会社を背負う重みや責任を学ばせてもらっています。学生時代にはなかった「支えてくれる人のために勝ちたい」という思いが芽生えたことで、強い気持ちで試合に臨めるようになったと思います。
ポピンズが運営する保育園で週2回、子供たちにトランポリンを教えているのですが、子供の元気いっぱいのエネルギーに触れることも自分の活力につながっています。
――個人種目では昨年の全日本選手権で初優勝し、今年7月にスイスで行われたワールドカップで、リオやロンドンのメダリストに次いで銅メダルを獲りました。社会人になってからの気持ちの変化は、演技に大きなプラスになっているのですね。
はい、そこが一番大きいと思います。トランポリンに立つまでは応援してくれる人のことを思って気持ちを高めて、トランポリンに立った時には自分の演技だけに集中する。そういう心のコントロールができるようになって、結果がついてくるようになりましたから。それまではなかなか勝てなくて、ずっと“惜しい選手”と言われてきたので、やっと実力を証明できたかなと。
でも実は、6月に行われた今年の世界選手権の選考会では個人種目の代表入りを逃してしまって……。その悔しさをワールドカップにぶつけてメダルを獲れたので、ちょっと救われましたけど、やっぱり無念さは残ります。壁をひとつ乗り越えたと思ったら、またすぐ壁がありました(笑)。
代表争いを勝ち抜くために必要な精神力
――トランポリンの日本男子は昨年の世界選手権の団体でも銅メダルを獲りましたし、個々のレベルが上がって代表争いが激しくなっている印象です。
そうですね。代表枠は4人ですが、僕を含めて6番手くらいまで力が拮抗していて、誰が勝ってもおかしくない状況です。そこを抜け出すには、それこそ一歩のように地道に練習をして技の完成度を上げていくこと、そして本番で練習通りの演技を出し切る精神力が不可欠だと思っています。
――東京オリンピックで日本チームの「壁」として立ちはだかりそうな、『はじめの一歩』でいう鷹村のような強い選手というと、どなたでしょう。
中国のガオ・レイ選手だと思います。圧倒的な高さがあって技の難易度も高いので。でも鷹村と思うとまったく勝てる気がしないので、そこは意識しないようにします(笑)。
――お姉さんの彩乃さんはトランポリンの日本女子代表としてロンドン五輪に出場されています。なにかアドバイスをもらったりすることはありますか?
アドバイスは特にないですけど、姉を見ていてすごいと思うのは、勝負所でちゃんと力を発揮できるところ。姉は几帳面で、部屋がいつも完璧に片付いていたり生活面からきっちりしているんです。そういう真面目さが最後の大事な場面で運を引き寄せたり、勝負強さにつながっている気がして、僕も少しは見習いたいなと。弟も日体大でトランポリンをやっていますし、姉弟の存在は励みになっていますね。
――これからの目標を教えてください。
全日本選手権が10月にあるので、挑戦者の気持ちで臨んで連覇したいです。11月の世界選手権は、シンクロ(2人が同時に演技を行う種目)で出場するので、こちらも金メダルを目指したい。東京五輪までもうあまり時間がありません。支援してくれる会社への恩を忘れずに、ひとつずつ結果を積み重ねていきたいです。