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自民党総裁選 鳴りを潜める緊迫した闘争

1978年の自民党総裁選では、大平正芳氏(右端)が現職の福田赳夫氏(右から2人目)を破った。ほかに中曽根康弘氏(同3人目)、河本敏夫氏が争った

 現在、自民党総裁に誰がなるかは、日本の首相を決めることに直結している。この事実は、自民党優位の55年体制下では当然のことであった。それは政権交代の見通しがないことの裏返しでもあった。その後、政党間競争が活発になり、国政選挙こそが首相を決する舞台となった時期もある。それが再び「自民党総裁=日本の首相」という時代に先祖返りした感がある。
 それでは、自民党は変わっていないのだろうか。中北浩爾『自民党』を読むことで、派閥、総裁選、人事、政策決定、選挙、友好団体、地方組織と個人後援会、理念といった多面的な角度から、1994年の政治改革を境とする同党の変容が理解できる。かつて総裁選は、党内支持を争う派閥ボスの闘争の場であった。しかし、今日、総裁の条件は、派閥ボスであることよりも、「選挙の顔」になれるかである。派閥は、ボトムアップの機関から、「上意下達機関」へと変質したとの観察を本書は示している。党は総裁にとって大きな制約とはならなくなったのであろう。

ブレーキの不全

 確かに今回の総裁選も盛り上がりには欠ける。安倍晋三首相の外交・安全保障政策や経済政策は、これまでのあり様を大きく変えるもので、負の影響も指摘される。政治腐敗、公文書の改ざんと秘匿を招く不透明な政策過程、首相官邸の思惑に振り回される政府のあり方も批判されてきた。だが、首相の支持率は相対的に高い。自民党内で当事者に説明を求め責任を問う機運は盛り上がらない。
 伊藤昌哉『自民党戦国史』は、池田勇人の秘書官にして、大平正芳のブレインであった政治評論家の手による同時代記である。60年代から80年代の自民党を舞台に、派閥指導者たちが総裁選を巡って繰り広げる対立と協調が活写されている。派閥全盛の時代、総裁は他派閥の支持を必要とした。総裁選は盛り上がり、政治指導者たちに緊張を強いた。派閥は首相を監視し制御する役割を担っていた。
 だが、派閥は、同時に、政治腐敗の元凶にして、リーダーシップを阻害する存在でもあった。政治改革が克服しようとしたのがまさにこの二つの問題である。清水真人『平成デモクラシー史』(ちくま新書、1188円)は、政治改革運動の目指した政治が、党内政治に代わる「政権交代」と「首相主導」を両輪として構想されていたと論じる。問題は、自民党内で集権化が進んだ一方で、政権選択のための選択肢は用意されず、政権交代可能な政治は挫折したままだということであろう。アクセルのみが強くなり、党内外のブレーキが機能不全の状態だとすれば、バランスの回復は喫緊の課題である。

政治改革の帰結

 濱本真輔『現代日本の政党政治』は、94年の選挙制度改革が日本の政党政治に与えたインパクトを体系的に分析した最新の研究書である。本書によれば、衆議院に採用された小選挙区比例代表並立制の効果として、政党の看板が議員の再選に有利な場合にはその政党の集権的な一体性が確保される一方で、議員の再選に不利な場合、党の一体性の確保が困難になり、分裂に至ることもありうる、という。不人気な政党には、党内をまとめる上で、大きな負荷のかかる選挙制度だということである。政権交代を可能にすると期待された制度が想定と違う帰結をもたらすことを理論的実証的に示した研究書である。
 今年の総裁選は来年の参院選を射程に入れて行われる。一般の有権者は総裁選には参加できないが、参院選では投票できる。総裁選のあり方自体が判断材料ともなる。総裁選を外から眺める有権者は参院選でどのような審判を下すのであろうか。=朝日新聞2018年9月15日掲載