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「出版禁止」長江俊和さんインタビュー 禁じられたものに触れたい

文・朝宮運河、写真・御堂義乗

――『出版禁止 死刑囚の歌』が8月20日に刊行されました。大ヒットした『出版禁止』シリーズの第2弾で、ふたりの幼児を殺した死刑囚の秘密に迫った長編ミステリーです。

 死刑囚を扱ったストーリーは、以前連続テレビドラマの企画として考えたものなんです。局のプロデューサーは「面白い」と言ってくれたんですが、結局ゴーサインが出なかった。何年も寝かせていたそのアイデアを、今回満を持して使いました。僕の小説は映像化できなかった企画がもとになっているものが結構ありますね。

――望月辰郎という路上生活者が、公園で知り合った子どもたちを雑木林に誘いこみ、殺害するという悲惨な事件が扱われています。念のために確認しますが、これは架空の事件ですよね?

 はい。いくつかモチーフになった事件はありますが、特定の事件を下敷きにしたわけでは、ありません。前作にあたる『出版禁止』を出した時も、テレビ業界の知り合いから「こんなすごい事件があったんですね。まったく知りませんでした」と驚かれました。ノンフィクション風の書き方をしているので、うまく騙されてくれる読者もいるみたいです(笑)。

――文体的にも犯罪ノンフィクションを意識されていて、実によくできた「フェイクドキュメンタリー」に仕上がっています。

 新潮文庫から出ている『凶悪』や『殺人犯はそこにいる』のような実録ものが好きで、よく読んでいます。今回もっとも影響を受けたのは、佐木隆三さんの『復讐するは我にあり』。連続殺人犯・西口彰をモデルにした小説ですが、被害者の遺体の第一発見者や西口の元同僚など、多くの関係者の視点から西口の人生が浮かびあがってくるという構成なんですね。この手法は素晴らしいな、と感じてインスパイアされました。おこがましい言い方をすると「もし佐木隆三先生がこの小説を書いたら」という気分で執筆しています。

――殺人事件を詳細に追ったルポルタージュ、短歌雑誌に掲載された記事、一般人のブログなどさまざまな素材がスクラップ帳のように並べられ、事件全体の構図を少しずつ浮かびあがらせていきます。

 『復讐するは我にあり』の解説で、評論家の秋山駿さんが、犯罪とは川の流れのようなものだ、と書かれていて、その一文に感銘を受けたんです。現実社会の犯罪でも目に見えているのはほんの一部分で、背後には無数のエピソードや人の思いが渦を巻いている。今回は一見無関係に見える多くの出来事が、望月の人生につながっていくという書き方をしています。その構成を決めるまでが大変で、前作とは比べものにならないほど時間がかかりました。

――逮捕された望月が、獄中で詠んだという短歌が紹介されます。「血反吐吹く 雌雄果てたり 森の奥 白に滲むな 死色の赤よ」「鬼と化す 経ては暗闇 今もなお 割った鏡に 地獄うつりて」などなど、血なまぐさくショッキングな作風です。

 実際に死刑判決を受けた受刑者が、獄中で短歌を詠むという例は多いんですよ。その多くは自らの罪を悔い、命の尊さを訴えるような内容です。そこで徹底的に世の中を呪い、自らの犯罪を誇示するような、不気味な歌を出してみました。ぎょっとしてもらえたなら嬉しいです(笑)。僕は横溝正史が大好きなので、『獄門島』や『悪魔の手毬唄』のような詩歌が手がかりになるミステリーを以前から書いてみたいと思っていた。それらしい歌を作るのは一苦労でしたが、すごく楽しい経験でしたね。

――長江作品といえば結末の意外性も大きな特色ですね。今回もラストまで読むと、驚愕の真相が明らかになります。

 せっかくなら読者に驚いてもらいたいんですよ。若い頃から筒井康隆さんや安部公房さんの小説が好きで、自分もできるだけ奇想天外な「そんなのありか!?」という作品を書きたいと思っています。新潮社で最初に担当してくれた編集さんは、僕の『放送禁止』というドラマのファンで、「そんな結末じゃ長江さんの読者は納得しませんよ」と徹底的にダメ出しをされました。結末の意外性千本ノックみたいな(笑)。お蔭でずいぶん鍛えられましたね。

――作中ですべての種明かしをしないのも『出版禁止』シリーズの特色ですね。真相までちゃんと書いてほしいという読者の要望はありませんか?

 いえ、読者は謎を解くのを楽しんでいるので、説明しすぎると逆に怒られてしまうんですよ(笑)。『放送禁止』というドラマは、ミステリーなのに謎解きをしないというシリーズでした。毎回「あなたには真実が見えましたか?」と視聴者に問いかけて終わるんです。当初はわけが分からないという声もありましたが、徐々にネット上で謎解きを楽しむ空気ができあがっていった。小説もそういう受け止められ方をしているようですね。結末がないといっても、ヒントや伏線はきちんと提示しているので、大半の読者は真相にたどり着けるはずです。

――先ほどから話題が出ているドラマ『放送禁止』は、さまざまな事情でお蔵入りした取材映像を公開する、という体裁のフェイクドキュメンタリーでした。長江さんは活字でも映像でも、一貫して「タブーとされているもの」を扱っていますが、この興味はどこから?

 禁じられたもの、見てはいけないものに惹かれるんですね。それは僕だけじゃなく、大半の人がそうだと思いますよ。テレビで高視聴率を取るのは凶悪犯罪や不倫など、一般には許さないとされている題材ですし、ミステリー小説だって真相が隠されているからこそ先を知りたくなる。人間には禁じられたものに触れたい、という根源的な欲求があるようです。物語っていうのは、それを社会の秩序に沿った形でやんわりと伝えるために生み出されたツールなんじゃないでしょうか。神話も昔話も小説、その根源には語ってはいけない実話があり、だからこそ人を惹きつけるんです。

――そういえば長江作品では、超自然的な恐怖がほとんど扱われませんね。幽霊やお化けはあまり怖くない?

 僕自身ははすごく怖がりなんです。ホラー映画を観たら、その夜眠れなくなるくらい(笑)。一方で、幽霊はいないだろうとも思っています。人に死を恐れる気持ちがある限り、怪談やホラーが滅びることはないでしょうが、物理現象としてはいないと思う。となると怖いのはやっぱり人間かなあ。よくホラーマニアの方が「人間が怖いなんて邪道だ」って言いますよね。でもよく考えてみると、幽霊が怖いっていう気持ちは、人間への恐怖から出てきているんですよ。『リング』の貞子にせよ、『四谷怪談』のお岩さんにせよ、生前の性格や境遇がそもそも恐ろしいわけです。優れたホラーはそこがうまく描かれているので、実は人間の怖さを扱っているんですよね。

――長年人間の業に着目してきた、長江さんらしいお答えですね。今回の新作もまさにそうした怖さを描いたものでした。

 そうですね。『出版禁止 死刑囚の歌』は僕がこれまで書いてきたミステリーの集大成的な作品です。そのくらいの気合いを入れて書きました。確かにおぞましい殺人事件を扱っていますし、業の深さみたいなものも描いているんですが、結末まで読むとまた違った感想が芽生えてくるとも思います。流れる大河のような、複雑に入り組んだ犯罪の謎解きを楽しんでもらえれば嬉しいですね。